宣戦布告?

 そろそろ部活動も終わる頃合いに――彰人は勢いよく席から立ち、「しまった!」と叫んだ。


「おれとしたことが……大変な事実を見落としていた。なんたる失態!」


 凪は黙って彰人のいる席まで近寄ると、彼の肩を叩こうとした。

 しかし、その前に彰人は凪に気づいた。


「むっ、きみは確か……遠山氏か」

「確かだけど、そんなきみは彰人くんだね」

「そんなことはどうだっていいのだ、遠山氏。それよりもだ……愚鈍なきみの耳に入れておかねばならないことがある」

「とりあえず愚鈍という言葉は聞かなかったことにするけど、一体どうしたの?」


 彰人は両手を広げる。


「聞け、遠山氏。聞け、同好会の諸君。

 ――心して聞け。これは『東城交流の会』会長による次回の活動内容に触れた言葉であり、新入部員三名への宣戦布告でもある」


 美麗は舌打ちし、独り言のように「ほんと、また厄介なことを考えついたものだな、黒原の奴は」と手に持っていた飲み切りサイズのペットボトル、その中身を一気に飲み干した。


 凪は奏の視線を感じ、彼女のほうを見る。

 奏は凪と目が合うと、両方の手のひらを上に向け、やれやれと肩をすくめた。

 凪も同じようなジェスチャーをした。


 そのとき、いつまで経っても話の続きをしない彰人にしびれを切らしたのか、琉歌が「はい五秒前~、四、三、二……」とカウントダウンを始めた。


「一!」


 琉歌によるカウントダウンのとおり、彰人は話を再開させた。


「はじめに、我が同好会は新入部員の乗っ取りを受けた。よって、同好会会長のおれは新入部員に向けて宣戦布告すると同時に、高らかに次回の活動内容をここに宣言する。それは……」


「それは会長主催の歓迎会、おもてなしカレー対決だ」


 彰人の話を遮り、真顔でネタばらしをするのは……同好会顧問の美麗。


 凪が彰人を見ると、彼は目を大きく開け、ひたすら口をパクパクさせ、非常に衝撃を受けている様子だった。

 かわいそうに、と凪は心の中で彰人に両手を合わせ、合掌。


 美麗は椅子から立ち上がると、手に持っていたプリントを凪たちに配り始めた。

 凪は美麗からプリントを受け取ると、早速おもてなしカレー対決の詳細を確認した。


「…………」


 確かに厄介に違いない、そう凪はプリントを読み終えてから、苦笑した。


 それからしばらくしてから、美麗はおもてなしカレー対決の説明を始めた。


「おもてなしカレー対決の説明だが……ホストチームとゲストチームに分かれ、それぞれ調理室でカレーを作り、どちらがより美味しいカレーを作ったか、あたしを含む審査員が審査する、という歓迎会も兼ねた対決だ。

 今週の金曜日の三時限目から昼休みまで、部活動の一環として調理室で行う。

 審査員は顧問のあたしだけでなく、『東城交流の会』元顧問の卯月藍うづきあい先生や上杉孝一うえすぎこういち校長にもしていただくので、くれぐれも失礼のないように。

 そうだ、三日後までに立派なカレー職人になってこい。……くれぐれも、不味いカレーは作るなよ。そのカレーは審査員が口にするだけではなく、お前たちの昼食にもなるんだからな。

 ……あぁ、それと言い忘れていたが、一チームごとに八皿分のカレーと四合分の白米を炊いてもらうから、これは忘れるんじゃない」


 あのう、と桜が恐る恐るといったように手を上げた。


「なんだ、島崎」

「三時限目から昼休みまで、とのことですけど、まさかですが、それって……ん」


 桜が言い淀んでいると、美麗は口角を上げて笑った。


「そのまさかさ。――そうだ、お前たちには本来受けるはずだった三時限目と四時限目の授業の代わりに、歓迎会も兼ねた部活動を昼休み込みでやってもらう。

 無論、一年生のお前も例外ではないぞ、島崎……?」


 ヒエッ、と桜は驚きの声を上げ、手元のプリントを凝視した。

 そしてこの場にもう一人、驚きの声を上げ、プリントを凝視する者がいた。

 奏だ。


「ヒエッ、なんだと……カレーだと? カレーとは、あの世にも辛いカレーのことか? カレイの煮つけではなく、よりにもよってカレーなのか?

 あぁ、なんということだ! 穴があったら、カレーを流しこんでやりたい……地底人よ、カレーの恐怖を知れ!」


 コホン、と裕貴は咳払いすると、今の奏の状況を説明した。


「諸君、奏くんが動揺している理由を、この許嫁のわたしが説明しよう。

 ……うむ、それはそのはず、彼女は超が付くほどにカレー嫌いなのだよ。

 とまあ、カレーが嫌いというより、辛いものが苦手、と言ったほうがいいかもしれぬがな」


「そこの腐れハンサム、冷静にわたしのことを説明するのではない。何を隠そう、今のわたしは嘔吐する直前なのだよ。

 ここで吐いてもいいのなら、遠慮なくこの場で吐くが……さあ、どうする」


 奏はすっかり青ざめてしまい、今や左手で口元を押さえていた。


 さらにもう一人、お馴染みの驚きの声を上げる者がいた。

 琉歌だ。

 彼女はプリントを凝視するのではなく、奏を凝視していた。


「へぇ、知らなかった。変人はカレーをはじめとする辛いものが苦手なんだね。

 これは変人研究の大きな一歩……偉大なる一歩! メモメモ、っと」


 凪はメモを取り始めるマジメな琉歌を見て、思わず頬を緩ませる。


 そのとき、桜が「あっ」と間の抜けた声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る