第二章 白熱! おもてなしカレー対決

二人目の転入生

 翌日。

 凪が二年一組の教室に登校すると、教室はいつもより騒がしく、にぎやかだった。


 どうしてにぎやかなのか、凪には大体分かっていた。

 喜多裕貴という大人の男が、転入生としてやってくる、その話で持ち切りなのだろう、そう凪は苦笑した。

 けれど、クラスメートの話をちらほら聞いていると、どうやら転入生は一人だけではないようで、二人のようだった。


 なぜ、と凪は首をかしげた。


 それに奏もまだ教室に登校していないようで、凪は不安を抱いた。

 そのとき、凪のすぐそばで怪しい気配を感じ、凪はそちらを振り向いた。


「何奴?」

「おれだ、遠山氏。白永半蔵しろながはんぞうだ」


 一体誰だ、と凪は戦国時代にいそうな名前にげんなりした。


 凪のすぐ近くで怪しい気配を発していたのは、どうやら白永半蔵ではなく、黒原彰人というベレー帽を被ったギョロ目の高校生だった。


「おれを忘れたか、遠山氏」

「いっそ、きみのことを何もかも忘れたほうが幸せかもしれないよ、彰人くん」

「そうか、それならいいが……遠山氏が得心いかぬ顔をしていたもので、おれはおれなりに陰から見つめていたのだ。そしたらどうだ、遠山氏のすぐ隣でパンチラをしていた強者の女子が……」

「えっ、パンチラだって?」


 凪は辺りをキョロキョロ見回す。

 が、よく考えてみれば、そのときクラスメートの女子生徒がパンチラをしていたとしても、それは一瞬のこと。

 今この瞬間、パンチラを見ることはできない。


 ため息をつき、落胆する凪の肩に手を置くのは彰人。


「人の話は最後まで聞くものだ、遠山氏。そんな強者の女子など、初めから存在しない」

「……思春期の男子生徒のロマンを返してくれないかな、黒原氏」


「うるさいぞ、白永氏。おれが言いたいのは、そのような強者の女子がいると仮定したら、今すぐにでも遠山氏の元に飛んで行かねば、と想像したのでな。

 それで会いたくもない発情期のオス猿の背後に立っていた、というわけだ。どうだ、分かったか?」

「それこそ、得心いかないんだけども。というか、発情期を迎えているのは彰人くんではなくて?」


 彰人は渋い顔をしながら腕組みをし、「それは勘違いというものだ。おれはただ普通に自分らしく振舞っているつもりだが、それに比べてどうだ、遠山氏は」と昨日の説教が飛んできそうな話の流れだった。


 昨日の話が出る前に、凪は先手を打った。


「昨日のは誤解だよ。あれは……うん、あれだから」

「あれとはなんだ。言い訳は程々にしたまえ、遠山氏」


 先手を打ったはいいが、それはノーカウントになってしまったようだ。


 彰人は唾をまき散らしながら、凪に説教ではない別の何かを訴えた。


「女子中学生の飴玉を強奪するとは、なんともけしからん。その飴玉はどこか、遠山氏。今すぐに飴ちゃんがオス猿に舐め回されていないか、おれが自慢の舌で確認してやろう。やいっ、よこせ」

「……はい、飴ちゃん」


 凪はスラックスのポケットから元々は奏の飴玉を彰人に手渡した。


「おお……おお! これはまさしく飴ちゃんではないか。でかしたぞ、オス猿。こいつがあれば、無人島サバイバル生活になっても、一日は生き延びることができるな。よしよし」

「それ、元は北埜さんのだよ」

「……むっ」


 見るからに彰人のテンションが低くなり、ついに彼は床にうずくまってしまった。


「どうしたの、彰人くん」

「放っておいてくれ、遠山氏。おれは床に落ちているゴミになりたいのだ。どうかおれというゴミを拾ってくれるな、捨ててくれるな。

 おれはだな、ゴミとして一生を終えたいんだ」


「ゴミにも色んな種類があるけど、すでに彰人くんは人間のゴミクズになっているから、これ以上ゴミになることを願わなくてもいいんじゃないかな」

「……そう思うか?」

「思いすぎる」


 ふん、と彰人は颯爽と立ち上がった。

 彰人は凪の目の前に飴玉を掲げて「飴ちゃん、ここにあり」と言うと、勝ち誇ったように飴玉を口の中にポイッと入れた。


「…………」

「…………」

「……そのお味は?」

「北埜氏の味がしてだな、まさに天にも昇る快感の味」

「なんて単純な。何はともあれ、それはよかったね」


 凪は存分に冷ややかな視線を、飴玉を堪能する彰人に送った。

 彰人は誰も座っていない奏の席を見ながら、ゆっくりと奏の飴玉を舐めていた。

 気色悪いにも程がある、と凪は彰人から目をそらした。


「ふむ、何やら面白い話題の匂いがする……! そしてなんだかメロンソーダ味の飴ちゃんの匂いがするような」


 そんなとき、いつの間に教室に入ってきたのか、奏が二人の会話に参加した。


 わざとらしく彰人は後退った。


「き、北埜氏……おはよう」

「おはようなのだよ、黒原くん。……なんだろう、きみからは甘い口臭がするね。最近、歯磨き粉を変えたのかな?」


「歯磨き粉はいつもどおりだぞ、北埜氏。して、この匂いは飴ちゃんだが……断じて口臭ではない」

「それは失礼。飴ちゃん、それは口臭大革命……これからはちゃんとメロンソーダ味の飴ちゃんを舐めることだね」


「言われなくとも……北埜氏の味がする飴ちゃんなぞ、いつでも舐めようとも」

「ん……なんだって?」


 かすかに奏は体を震わせた。


「それはともかく、今日転入生が二人やってくるって?」


 あわてて凪は二人の会話に割って入った。


 奏はぎこちない笑みで、「そうさ。一人は言わずもがな、裕貴さんだよ」と言ってから、またもやブルッと体を震わせる。


「じゃあ、もう一人は?」

「転入してからのお楽しみさ」


 そう言って、奏は頑なに二人目の転入生を教えなかった。


 そのとき、凪の中で何かが引っかかった。

 その何かが分かると、凪の背筋は粟立った。


 そんなバカな、そう凪は青ざめる。

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