夕闇の駐車場で交わした約束
凪は黙々と後片付けをする裕貴に聞いてみた。
「ぼくの自宅まで……あなたの車で送ってもらえませんか?」
「本当は断りたいが……まあいいだろう。クラスメートだからな、それくらいの頼みは聞いてやるさ」
「本当はお礼なんて言いたくないけど……まあいいですよ。クラスメートですから、それくらいのお礼は言ってあげますよ」
「なら、とっとと心をこめて『ありがとう』と言うことだな」
「なら、早めに後片付けを終えて、満面の笑みで『送ってあげるよ』と言うことですね」
「生意気な小僧め」
「偉そうな自称クラスメートの大人め」
いがみ合う凪と裕貴。
そんなとき、カラオケルームのモニターから退室十分前の動画が流れ始めた。
いやにうるさく、やけに耳障りなもので、凪はブスッとした顔でソファに座った。
裕貴も裕貴で不意に流れ出した動画に白けたようで、腕組みをしてから、後片付けに入った。
数分後。
「行くぞ、小僧」
「言われなくても」
凪と裕貴は先を争うようにカラオケルームから出た。
先ほどの女性店員はどこに行ったのか、受付と会計には別の男性が控えていた。
会計は裕貴が済ませた。
会計が終わって、さあ店を出ようとしたとき、どこからか、「モウコナイデクダサイ」という呪詛のような言葉が聞こえ、凪はこの無燈カラオケに幽霊がいるのだと、このとき分かった。
店を出たときにはすでに強風は収まっていて、緩やかな風が吹いていた。
そんな夕闇の町は、どこか寂しげで何か秘密を帯びていた。
凪と裕貴は互いに無言で屋外の駐車場まで向かった。
駐車場に停められている裕貴のシルバーのセダンの横には、奏と琉歌がいた。
二人は何かの話題について話し合っているらしく、何やら熱く語っていた。
大方、変人とソフトクリームのことについてだろう、と凪には見当がついていた。
凪たちがセダンの前まで来ると、奏と琉歌は互いに顔を見合わせ、握手を交わした。
奏は決めポーズをし、琉歌に「先ほどの約束、違えることなかれ」と念を押した。
琉歌はニコッと笑った。
「分かってる。そういうあなたこそ、ちゃんとわたしがそこにいられるよう、取り計らってね」
「もちろんだよ、博士」
「それは頼もしいよ、奏ちゃん」
奏は琉歌のことを博士と呼び、琉歌は奏のことを奏ちゃんと呼び合う仲になったらしく、凪はそんな二人が眩しかった。
奏と琉歌はうなずくと、握手をやめて互いに踵を返す。
奏は裕貴にドアを開けてもらい、車の助手席に。
エンジン音。
琉歌はというと――。
「行こっ、凪くん」
そう凪の手を引っ張り、車には乗らず、駐車場の外に向かって歩き出していた。
そして今、凪が乗るはずだった車はというと、ライトを点け、発進――。
凪は困惑。
「あ、あれ? ぼくら、裕貴さんの車で自宅に帰るんじゃないの?」
目をパチクリさせる琉歌。
「何言ってるの、凪くん。裕貴さんは奏ちゃんの専属運転手だよ? わたしたちは乗る筋合い、ないじゃん」
「いや、でも……せっかく乗せてもらえるなら、乗せてもらおうよ。――あ、あぁ!」
奏を乗せたセダンは凪たちをライトで照らしてから、駐車場から出た。
一瞬ではあるが、運転席にいる裕貴が凪をあざ笑うのを確認。
凪は呆然とする。
「ヘイ、タクシー……そうだ、ヘイタクシーだ。それしかない」
琉歌は凪が冗談を言っていると思ったのか、盛大にウケた。
「帰ろっ、おうちに」
「……うん、そうだね。家に帰ろう」
凪は楽をするのを諦め、琉歌とともに帰路につく。
数十分後。
睦月駅に着いたので、二人は解散――の前に。
別れの挨拶をする前に、凪は琉歌に聞いてみた。
「そういえば、琉歌さん。あのとき、北埜さんと琉歌さんが駐車場で何かの約束の話をしていたけど……あれって、なんだったの?」
琉歌は少しだけ固まった。
けれど、それもわずかのあいだだけ。
「明日になれば、分かるよ」
それだけ言って、琉歌は「じゃあね」と別れの挨拶とともに手を振り、凪の家とは別の方向へと歩き出していった。
凪は心地よい風に吹かれながら、空を見上げた。
そして一人、つぶやく。
「明日になれば、か」
クスッと凪は笑うと、なんの未練もなく、自宅に向かうのだった。
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