暴走系女子によるカラオケ店突撃

 無燈駅から一キロメートル離れた場所にある無燈カラオケ。

 黄色の建物の無燈カラオケは一際存在感を放ち、住宅街のすぐそばに建つだけで異色を放っていた。


 無燈カラオケの入り口の前、そこに凪と琉歌は立っていた。


 凪は唾をゴクリと飲みこみ、隣にいる琉歌に「ほんとに突撃するの……?」と不安げに尋ねた。

 どこか誇らしげに琉歌は「わたしたちがやらないで、誰がやるのよ」と胸に手を当て、「よし」と準備万端の様子。


 凪も覚悟を決め、「で、作戦は?」と琉歌に聞く。

 琉歌は確かに言った。


「ない。行こっ」

「ない? 行かないっ」


 凪は無燈カラオケに突撃するのを拒否し、回れ右をするが、琉歌はそんな凪を捕らえ、「どうして逃げるの? 刺激的なことが好きな凪くんには、もってこいの展開じゃない」と説得する。

 そういえば確かに、と凪は納得しかけたが、すぐに首を強く横に振った。


「いやいや、これはさすがに違う。これ、普通に迷惑行為で営業妨害だから!」

「公務執行妨害でなければ、どうだって構わないかな」

「……どういう思考回路をしておられますか?」

「冒険者の思考回路、もしくは気分だよ」

「巻き添えになるぼくの身にもなってね……?」


「ほら、行こうよ」

「いえ、行きません」

「それっ」

「ぐえっ」


 凪は首の根本を琉歌に鷲掴みされ、たまらずうめき声を上げた。


 ズリズリ、ズリズリ……凪は引きずられていく。


 カランコロン。


 ついに凪は琉歌に首を鷲掴みにされながら、無燈カラオケに入ってしまった。


「いらっしゃいま――いらっしゃいませ……?」

「わたしたち、こういう者です」


 どういう者だ、と凪はツッコミを入れたくなった。


 完全に琉歌は暴走モードに入ってしまった、そう凪はすべてを諦めた。


 首を鷲掴みにされ、引きずられている凪には女性店員の姿は見えず、今どんな顔を店員がしているのか考えるだけで、凪の胃はキリキリ傷んだ。


「それでは、ごきげんよう」


 ズリズリ、ズリズリ……。


 引きずられる中、凪は店員の顔を見た。

 彼女は金縛りにあったかのように、ただただ固まっていた。

 通報はおやめ、と凪はただただ祈っていた。


 そのとき、急に琉歌は立ち止まったかと思えば、「あ、そうだった」とつぶやき、凪の首を鷲掴みにする手を離し、受付まで足早に向かった。


「すみません、店員さん」

「……!」


「ここで変人少女がソフトクリームを食べているのは、わたしたちには分かっているんです。ええ、すべて証拠は上がっているんです。

 ……どこですか? ソフトクリームを何度も落とし、何回も何かにぶつけては食べられずにいる哀れな変人少女は」

「……?」


 ものすごい会話だ、と凪は感嘆としていた。


「よくこれで会話が成り立つな……いや、会話は成り立っていないのかもしれないけど」


 帰るか、と凪はため息をつきながら出入口まで歩きだしたとき、後ろから肩を叩かれた。

 直後、凪は背中に氷を押し当てられたかのような冷たい感触を味わった。


「はい?」


 ギョッとしながら、凪は後ろを振り返る。


 そこにいたのは――。

「なんと……! 紛れもない、とんでもない。きみは遠山くんではないか、どうしてここにいるのだね。きみもここのソフトクリームを食べに来たのかな?」

 奏だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る