嵐の前の静けさ
凪が笑った顔を見せると、琉歌は穏やかにほほ笑んだ。
「それじゃあわたし、インターネット掲示板に書かれていた変人目撃情報を基に、これから何人かの変人に会いに行ってくるね」
「……悪いことは言わない。友よ、どうか早まらないで。きみがインターネット掲示板の虜になっていることは知っているけど、そこまで危険を冒すことはないよ?」
凪は半ベソをかきながら、琉歌がしようとしていることを全力で止めた。
琉歌は困惑したように眉をひそめ、「そこまで言うなら、道端で様子がおかしそうな人に変人かどうか聞くだけにするから、そんなに泣かないで」とさらに凪を心配させるようなことを言った。
もうこうなれば、と凪は切り札を出した。
「ぼく、とびっきりの変人を知っているよ。とびっきりとんでもない変人少女のクラスメートをね」
「ほんと? その人、ぜひとも紹介してほしいな……ダメかな?」
「いいよ、喜んで紹介するから。だからそんな無茶はやめてね……」
「さあて、どこの変人かなぁ、ワクワク」
「どこの変人……あ、そういえば」
そこでようやく、凪は奏の住所や電話番号や連絡先といった個人情報を知らないことに気づいた。
「迂闊だった」
「え! 凪くん、鬱だったの? そっか、道理で」
「……鬱じゃなくて、迂闊だった。変人少女の住所や電話番号とか何もかも、ぼくは知らないんだった」
「それはトンカツだね。トンカツのトンカチでも作ってあげようか?」
「トンカツソースの釘も忘れずに作っておいてね」
「任せてっ」
琉歌はガッツポーズをすると、何やらスマホを操作し始めた。
一体何を、と凪はしばらくのあいだ、琉歌の様子を眺めていた。
まさか本当にトンカツのトンカチとトンカツソースの釘を作る、あるいは購入する方法をインターネット掲示板で調べているのではないか、そう凪は危機感を覚えた。
「今あなたは何をしているのでしょうか、お嬢様……?」
そう凪が聞いた直後、
「思いついたの、プランZを……ん、
「ん、カラオケ?」
「うん。ほら、凪くんさ、そのとびっきりとんでもない変人少女がクラスメートだ、って言ったでしょ?
東城高校付近のソフトクリームが食べられるところって言ったら、そこしかないの」
「へぇ、そうなんだね。うん、それでつまり……?」
「変人はね、必ずソフトクリームを食べに行く目的で、無燈カラオケで歌を歌わずに、ソフトクリームを食べているのよ。
……ソフトクリームを何度も落とし、何回もどこかにぶつけて食べられなくなっても、彼らは食べるのをやめない」
「そっかそっか。うん、ということはつまり……ぼくたちはどうすると?」
「わたしたち、無燈カラオケ、突撃、変人少女、ルーム、強行突破、取材」
なるほど、と凪は納得しかけたが、そんなこと納得してはいけないことに気づき、あわてて琉歌の発想を全力で否定した。
だが、琉歌の考えは変わらない。
どころか、泣き落としするかのように、彼女は泣きながらお願いしてきた。
ついに根負けした凪は、琉歌とともに変人少女がいるかも分からない無燈カラオケに電車と徒歩で向かった。
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