第27話 はるきにーちゃんって呼んでくれるかな



 私の弟、恋上院 聡れんじょういん さとるが夏休み中に私のところに泊まることになった。

 こういうことになるなら、事前に相談しておいてほしかったなぁ。


 ……まあでも、どうせ事前に相談されようがお母さんのことだ。私の抵抗なんて押し通すに違いない。一人暮らしを許したんだからこれくらいいいじゃない、とか言いそうだ。

 嘆くよりも、今から夏休みまでまだ三カ月以上ある……そう、こう考えよう。


 心の準備をするには、充分な時間があるぞ……と。


「それにしても……夏休み中こっち来るって、聡は友達とは遊ばないのかな。こっちにいたら遊べないだろうに」


「知らないよー」


 ハルキは、私の悩みなんて知ったこっちゃない顔だ。

 まあ、実際に知ったこっちゃないんだろうけどさ。


「中学生って遊びたい盛りだろうに。

 ……あ、聡ってなんか部活やってるの?」


「んー……確か陸上部だったかな」


「へぇ、運動部。なら夏休みって、それこそ部活三昧なイメージがあるんだけどな。どうするんだろ」


「だから知らないってー」


 とにかく、お母さんからは聡がこっちに来て、夏休み中私のところに泊まる……としか聞いていない。

 こっちから質問する間もないんだもんなぁ。


 聡かぁ……一人暮らし始めてからは会ってないけど、たったこれだけの期間でなにが変わるわけでもないし。肉体的な成長はしていないだろう。

 中身も、ちったぁマシな男になったのかねぇ。


「でも、よかったじゃん。聡が来るまで三カ月以上あるんだし……連絡はいきなりだったけど今日明日来る、とかじゃなくてさ」


「……それは、そうだけど」


 まあ、もう聡のことは受け入れるしかない。なんの変わり映えもしていない弟を迎える準備を進めておこう。


 ……聡よりも、だ。こっちに、肉体的な成長が激しい人がいる。


「いやあ、楽しみだなぁ。カレンと一緒だから、聡に会うのも十年ぶりかぁ」


 そう、ハルキだ。小さい頃は男の子のようだったハルキが、今やこんなボーイッシュガールに。

 首から上だけなら男の子に見えるけど、胸から下は絶対に無理だ。


 というか、あの胸はもはや凶器だ。


「ん、どうかしたカレン?」


 ハルキはすでに、聡に会う気満々だ。これを止めるのも、不自然だろう。


 それに夏休み中、私はハルキと会わないのは無理。耐えられない。

 そうなると、聡に隠れてハルキに会いに行くことになる……絶対に怪しまれる。


 ハルキを止められず、私も止められない。

 そうなると、ハルキが会おうとしなくても聡が出会う可能性も出てくるわけで……



『よーしさとる、向こうの公園まできょーそーだ!』


『わかった! いくよはるきにーちゃん!』



 あの頃は、聡はハルキに懐いていた。いい兄貴分として。

 それがどうだ、今のハルキは。兄貴分どころの騒ぎじゃない。


 このハルキと聡を会わせたら、どうなっちゃうんだろうな……怖いような、ちょっと見てみたいような。


「というか、ハルキがちゃんと訂正してくれれば、私だって間違わずに済んだのに!」


「わっ、な、なに!?」


 ハルキと聡のやり取りを思い出し、私はハルキに物申したくなった。

 その理由は、ハルキが聡に、自分の呼び方を訂正させなかったことだ。


 聡はハルキを、はるき『にーちゃん』と呼んでいたのだ。


「あの頃、聡はハルキのことをはるきにーちゃん、って呼んでたじゃない?」


「あー、懐かしいねぇ」


「でも、その時に自分が女だってことを明かしててくれれば、私は長い間勘違いすることはなかったのよ!」


 それに、長い間初恋を抱いたまま挙げ句こじらせるなんてこともなかったのに!


 私の抗議を受けて、ハルキの答えはというと……


「えー……いやぁ、だってめんどくさくて」


 照れたように笑いながら、こともあろうにめんどくさい、なんて言い出しやがった。


「め、めんど……」


「他の子にもよく男の子と間違われてたから……だからもう、わざわざ訂正するほどでもないかなって。それにあの頃の子供にとって、男か女かなんて関係なくない?」


「なくないわよ!?」


 な、なんてこった……ハルキのこんなちゃらんぽらんな考えのせいで、私は十年も初恋を……!


 ……とはいえ、五歳……うーん……聡に至っては三歳……

 その年齢の子にとっては、性別よりも遊びとかの方が重要なのかもしれないというのも、わからなくもない……ような気がする。


「まったくもう……」


「ねえねえ、聡の写真とかないの?」


「ないわよ。私スマホ持ったの最近だし」


「それもそっか」


 物理的な意味でも聡の写真は撮れなかったし。仮に撮れる環境があったとしても……

 小さくてかわいかった当時の聡ならともかく、成長して反抗期に入った聡の写真なんて撮ろうと思わない。


「ま、あったとしてもやっぱいいや。直接会った時の楽しみにとっておこ。

 あ、カレンもボクのこと、聡に伝えちゃダメだからね」


「言わないわよ」


 まさか昔遊んでいた男の子と再会し、その子は実は女の子だった……なんて言えるわけもない。というか言ったところで信じてもらえるかどうか。

 直接再会した私だって、それを理解するのにしばらくかかったのに。


「うわぁ、今から待ちきれないよー。またボクのこと、はるきにーちゃんって呼んでくれるかな」


 呼べるわけないでしょ。私だって呼ばせないわよ。

 というか、はるきにーちゃん呼び満更でもないのかよ。

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