第三章 初恋相手とこの先の未来

第28話 ……来ちゃった



 ――――――



 早いもので、季節は春から夏になっていた。


 七月某日。ミンミンと騒がしいセミの声を聞きながら、私は自室でベッドに寝そべっていた。もちろん扇風機は必須だ。

 だらー……っとしているのは、暑さに参ってしまったから。というだけの理由ではない。


「あー……ついに今日かぁ」


 ベッドの上で寝転がったまま、スマホを操作し画面を開く。

 それはメッセージ画面。そこには、私ととある人物とのやりとりがある。


 とある人物って……まあ、お母さんなんだけど。


 要点をまとめるなら、今日弟が来る……ということだった。んで、よろしく頼むと。


「んん……」


 学校は夏休みに入り、そしてそれは弟……聡の通う中学校も同じだ。

 そのため、約束通り夏休みに聡が、私のところに泊まりに来るわけだ。


 約束通りもなにも、一方的に決められたわけだけど。


「せっかくの夏休みなのに、ハルキと会えないなんてー」


 夏休みに入ってからも、ハルキとは会うようにしている。私の家には、まだ呼んだことないけど。

 今日は聡が来るということで、ハルキとは会わないことにしている。


 まだ心の準備もできていないのに、聡をハルキに会わせるわけにはいかないからだ。

 誰の心の準備だって? 私だよ。


「もう少しか……」


 結局聡がこっちに来てから、なにをどうするのか具体的に聞いていない。

 ハルキが疑問を持っていたように、向こうでの友達とか部活とかだ。もしかして聡のやつ、友達いないのかな。


 ま、それを私が気にしても仕方ないよな。


「わざわざ委員会のない日に来るようになるなんて……たまたまかな。たまたまじゃなかったら怖いけど」


 スマホのスケジュール帳を開く。そこには、私が学校に行く日などがメモしてある。

 夏休みとはいえ、学校に行く日もあるのだ。それは私が部活動をしているから……ではない。

 部活動があれば当然学校に行く。だけど、それが理由ではないのだ。


 私は高校では、風紀委員に入った。その委員会活動で、学校に行く日もあるのだ。

 聡が来る今日は、たまたま委員会がない日でウチにいる日だった。


「学校に用事がないなら、ハルキと遊びたかったんだけどな」


 ハルキはというと、彼女もまた部活には入っていない。かといって委員会にも所属していない。


 ハルキは、運動部の助っ人……という形で、いろんな部活動の手伝いをしているのだ。


「ハルキってば運動神経いいんだもんなー」


 聡が来るまで暇なので、ついつい独り言が増えてしまう。


 ハルキは女の子にしては背が高く、だからというわけじゃないけど運動神経もいい。

 野球にサッカーにバスケ……いろんな競技を卒なくこなすため、運動部に引っ張りだこなのだ。


 運動をしているハルキの姿は、とてもかっこいい……


「……って、電話だ」


 せっかくハルキのかっこいい姿を思い出していたのに、電話が鳴ったことで考えていたことが中断される。

 画面に表示された文字は、聡の名前だ。


 私は一瞬躊躇し、着信ボタンをタップした。

 いいよねぇ、今時は中学生でスマホ持ってるんだから。


「もしもーし」


『もしもし、姉ちゃんか? 多分、ここだってところに着いたけど』


 電話口から聞こえる聡の声は、機械越しにもハキハキしたものだった。着いたという連絡か。

 私はベッドから起き上がり、窓際へ。そして外を見る。


 玄関先には、一人の男の子がスマホを耳に当て、立っている。

 間違いない、聡だ。住所は送っておいたけど、迷わずに来られたみたいだな。


「ん、見えた。じゃあちょっと待っててね」


 電話を切り、私は玄関へ向かう。

 部屋着ではあるけど、弟相手に着飾る必要もない。


 玄関へ行き、来客用のスリッパを出し、扉の鍵を開けて……開く。


「よ、姉ちゃん。久しぶり」


「……よ」


 扉の向こうに居た聡は、片手を上げて軽く挨拶。相変わらずだ。

 鞄を背負っている……学校のものだろうか。結構大きいな。


「ま、とりあえず上がんなよ。暑いでしょ」


「まったくだよ。おじゃましまーす」


 聡を家に上げ、リビングへ。

 身内とは言え、さすがに多少はもてなさないと。冷蔵庫を開け、コップにお茶を注いで……と。


 椅子に座っている聡に、渡す。


「サンキュー。……っんく、んく……ぷはっ、うめぇ!」


「おっさんかあんたは」


「しょうがねえだろ。

 にしても、ソファーとかないの? けつ痛くなりそう」


「甘えんな現代っ子め」


「姉ちゃんも現代っ子だろ」


 ソファーなんて高価なもの、一人暮らしの身で買えるかっての。ベッドばかりは、なんとか頼み込んで買ってもらったけど。


 少し距離を空けて、私も椅子に座る。一人暮らしだけど、二つあってよかった。

 注いでいたお茶を、ゆっくりと口に運ぶ。喉を潤していく。


 うん、冷たくて気持ちいい。


「そんじゃま、今日からよろしく」


「よろしくって……私、あんたを泊めること以外なにも聞いてないんだけど。いろいろ聞きたいことが……」


 とにかく、聡には聞きたいことが山程……というのは大げさだけど、とにかくある。

 なにから聞くべきか。それを考えている時……


 スマホの着信が鳴った。それは、ハルキの電話に設定した音楽だった。


「? はい、もしもし」


 聡との会話を一旦中断し、電話に出る。

 ハルキったら、いったいなんの用だろうか?


『もしもし、カレン? いやぁ、今日は会わないって約束だったんだけどさ……

 ……来ちゃった』


「……え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る