第23話 ほら教えてあげるから



「し、失礼します……」


「あはは、そんなかしこまらなくてもいいのに」


 私は、床に正座する。

 うぅ、正座なんて久しぶり……でも!


 他に…まさか初めて来た相手の部屋でいきなり、ベッドに座るわけにもいかない。

 ていうか、座っていいって言われても座れないよぉ。


「そんなところじゃなくて、ベッド座りなって」


 言われたぁあああ! 思ってたこと言われたぁああああ!!


 お、落ち着くのよ私。『ベッドに座れ』だなんて、なにも深い意味はないのよ。

 ハルキはただ、床だと固くて冷たいから、ふかふかで柔らかいベッドに座れって言う気遣いをしてくれただけだ。


「あ、ありがとう。なら、お言葉に……」


「よいしょ」


「甘え……て……」


 ここで変に意識しては、ハルキに変に思われてしまう。

 だから私は、平静を装い立ち上がろうとしたのに……


 一足先に、ハルキがベッドに腰を下ろしたのだ。


「ほら、おいで」


 そして、その状態のまま……自分の隣を、ポンポンと手で叩いた。

 つまり……そこに。自分の隣に、座れと言うことだ。


 あ、あわわわわ……


「カレン?」


「ひゃ!」


「……ほら」


 うぅう、なんでそんな、優しく微笑むのぉ!

 私をどうしたいの! ハルキは私を、どうしたいのさ!


 私は言われるがままに、立ち上がり……ハルキの隣へと、腰を下ろした。

 二人分の重みで、その分だけベッドは沈む。


「……っ」


「さ、遠慮せず食べてね」


 ち、ちかっ……

 なによこの距離感。心臓バクバク言ってる! 心臓うるさい!


 ハルキは、私の気持ちなど知らぬ顔で、スナック菓子の袋を開けている。


 ……なんだか、私だけ意識しちゃって、バカみたいだ。

 私だけハルキに意識させられて……なんか、悔しい!


「い、いただきます!」


「お」


 私は横から、袋に手を突っ込み、何枚かのポテトチップスを取りそれを食べる。

 とはいえ、ベッドの上なのでこぼれてしまわないように丁寧に。


 そんな私の姿を見て、ハルキはどう思うだろう。


「あはは、カレンってばそんなにお腹空いてたの?」


 私のこんな姿を見ても、引くどころか笑っている。

 変に取り繕わなくても、ハルキなら受け入れてくれる。それが、今日までの時間の中でわかった。


 それに……私ばっかり変に意識してかしこまっちゃうの、悔しいし!


「いやあ、カレンと一緒に買い物して、部屋にまで呼べるなんて。今日はいい日だな」


「……大袈裟じゃない?」


「大袈裟じゃないよ。ボク、これまで学校とかでもあんまり仲の良い子いなかったし」


 なんでもないように話すハルキだけど……私にとっては、それは意外な言葉だった。


「そうなの? 小さい頃は、あんなに……」


 みんなに慕われていたハルキが。

 仲の良い子がいなかったなんて、にわかには信じられない。


「いやあ……ボクってこんな見た目だし、こんな見た目じゃない? だから……女の子からのやっかみ、っていうのかな。そういうのとかいろいろ、ね」


 明るく話そうとしているハルキだけど……少しだけ、寂しそうな表情をしているのが見えた。

 それはきっと、気のせいではない。


 ハルキは、ぱっと見男の子に見える。それに、男女問わずに距離感が近い。

 教室でも、そうだった。男子たちと楽しそうに話しているハルキの姿だって見たことがある。


 男子と距離感が近く……だから、女子から妬みを向けられることがある。

 つまりは、そういうことだろう。


「……」


 私には、その感情はいまいちわからない。理屈では理解できるけど……


 だって私は今まで、男の子を好きになったことがない。

 正確には、男の子だと思っていたハルキのことが好きだったわけだけど……ややこしいんで、置いておこう。


 ともかく、男子と距離が近く、正確もまた男子と合うような女子。

 その人に対して、良くない感情を持つことも……ある、ってことか。


「……しょうもない」


「え?」


「あ、いや、なんでもないっ」


 やだ、私ったらつい……


 でも、そんなことでハルキを……誰かに負の感情を向けるなんて、私には理解できないな。

 それに、ハルキは男子とも仲良くできるってだけで、女子とそうできないわけではない。


 蓮花だって、話していて気がいい人だって言ってるし。

 ハルキとちゃんと話したことがない人が、勝手にねたんでいるだけだ。


「そ、それよりほら! スマホの設定、しちゃお!」


「そうだね」


 ハルキは、紙袋からスマホを取り出す。

 すでに画面保護のフィルムは貼ってもらったし、スマホのケースも買った。もちろん充電器も。


 あとは、中身の設定だけだ。


「あれ……どうしようカレン」


 紙袋の中を探っていたハルキが、焦った様子で私の顔を見た。


「ど、どうしたの?」


「店員さん、入れるの忘れちゃったのかな。説明書が入ってないんだ」


 ハルキにしては珍しく焦った様子……私も焦ってしまう。

 だけど、いったいどうしたんだという気持ちは、ハルキの言葉を聞いたことで落ち着きを取り戻していった。


 徐々に、ハルキの慌てた様子がなんだかおかしくって……わ、笑っちゃいけないけど……


「だ、大丈夫よハルキ。なにも問題はないわ」


「え? でも、説明書もなしにどうやって……」


「最近は、説明書が入ってないものは結構多いの。スマホだけじゃなくて、ゲームなんかもね」


「……え?」


 きょとんとしたハルキの表情は、やっぱりなんだかおかしくて。

 でも笑ったら失礼だから、なんとか表情筋に力を入れる。


「え、いやでも、説明書がなかったらどうやって……」


「ま、やりながら覚える……ってやつね。最近じゃあ、説明書を読むって行為自体がなくなってるから、最初から説明書なんてないのよ」


「そ、そんなぁ?」


「ふふ、ほら教えてあげるから」


 元々、ハルキにスマホの使い方を教えるつもりではいたけど。

 こうもうろたえるハルキの隣で教えるというのは、なんというか優越感があった。

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