第二章 初恋相手との青春の日々

第15話 カレンの手首に、傷をつけたな



 高校に入学して、私恋上院 華怜れんじょういん かれんは運命の再会を果たした。

 その相手こそ、私が幼い頃に初恋をした相手……一条寺 晴樹いちじょうじ はるき。だけど、男の子だと思っていた相手は、実は女の子だったのだ。


 未だ、そのショックから完全に立ち直ったと言ったら嘘になるけど。これからは女友達として、清い関係を続けていこう。

 今日のショッピングは、まさに友達同士の休日の充実した時間……に、なるはずだったのに。


「て、てめえ……!」


 私とハルキは、待ち合わせをして目的の場所に向かう……そのはずだったのに。

 私がナンパ男に掴まってしまい、連れて行かれそうになった。だけど、ハルキが私を助けてくれた。


 そこまでは、よくはないけどよかったのに……


「は、ハルキ……?」


 今、目の前で起きたことがわからない。

 私の代わりに、ハルキが手首を掴まれた……その直後だった。


 ハルキの手首を掴んだ男が、後ろに倒れたのは。


「てめえ、なにやりやがった!」


「なにって……正当防衛ってやつですけど?」


 うろたえる男に対して、ハルキはとても冷静だ。

 その背中は、決して男のように大きなものではない。女の子にしては大きいとは言っても、やっぱり男の子には敵わないだろう。


 なのに……この、安心できる気持ちはなんだろう。


「正当防衛だぁ?」


「えぇ。あれ、知りません? 人間って、顎が揺れると脳も揺れるんですよ。なんで、ちょいと一発。といっても、よほど正確に打ち抜かないと期待したほどの効果は得られませんけど。

 まあその人は、倒れた時の打ち所が悪くて、気絶しちゃったみたいですけど」


 なんでもないように、ハルキは言っているけど……これは簡単にできることじゃない。それはわかった。

 そもそも、今の説明を聞くにハルキは……あのナンパ男の顎を殴るなり叩くなりしたってこと?


 私には、見えなかった……いや、そもそもハルキがそんな芸当が出来るだなんて思わないから、そこに注目してすらいないけど。


「ちっ、運がいいんだな女」


 もう一人の男は、倒れた男はあくまでも"打ち所が悪かった"というところだけを汲み取ったのか、小さく舌打ちをした。

 さっきは、油断があったから簡単に顎を殴られてしまった。

 でも、こうして警戒していれば、倒れている男の二の舞を踏むことはない。


 そう考えているのだろう。でも……


「は、ハルキ、周りの人もこっち見てるし……逃げよう?」


 私は、ハルキの腕を掴む。

 油断のなくなった男を前に、こっちがなにをしてももう無駄だと思うからだ。男相手に、どうにかできるなんて思えない。


 それに……さすがに、これだけ騒ぎを起こせば、見て見ぬふりだった周りもこっちを見ている。

 今なら、隙をついて逃げられるだろう。


「……そうだね。これ以上カレンとの時間を奪われたくないし……

 ……っ」


 私の言葉にうなずいてくれたハルキは、そっと私の手を取り振り向く。よかった、早くこの場所から離れよう。

 だけど……ハルキは、途中で言葉を止めた。私の手を取ったまま、まるで時間が止まったかのように。


 いったい、どうしたというのだろう。そんなにじっと私の手首を見て、なにが……


「カレン……この痕……」


「え? ……あ」


 ハルキに指摘され、私は手首を見た。

 そこには……さっき、ナンパ男に掴まれた痕が、手首に残っていた。


 そうだ……さっき掴まれたハルキだって、手首に痕が残っていた。

 ハルキよりも長い時間掴まれていた私にも、痕が残っていても不思議じゃない。あのとき痛かったのは、気持ちの問題だけじゃなかったんだ。


「だ、大丈夫だよ。今はもう、痛くないし……それより、早くさ」


 痕が残っていると言っても、今掴まれていた時の痛みが残っているわけではない。

 こんなのはたいしたことじゃない。だから早く行こう……そう、訴えかける。


 だけど、ハルキはすでに私を見ていなくて。


「おい、なにこそこそ話してやがる。言っとくが、逃がすと思って……」


「黙れ」


 周囲の状況が変わったことに、気がついていないのか……私たちを逃がすつもりのない男は、苛立ちげに言った。

 だけど、その言葉を塗りつぶすのは……低く、とても冷たい声だ。


「お前……カレンの手首に、傷をつけたな」


 それは、ハルキのものだ。

 男の方を向いているハルキがどんな顔をしているのか、私には見えない。だけど……


 もしかして……ハルキ、怒ってる……?


「はぁ? 知るかよ、んなもんほっときゃ消えるだろ。

 それに、その姉ちゃんの手ぇ掴んだのはそこで倒れてる……」


「うるさい」


 ……それは、一瞬のことだった。

 男は、ハルキに警戒はしていたはずだ。目をそらさず、なにがあっても対応できるように。


 だけど……"会話"という手段が、男からわずかに警戒を奪った。

 話の中で、私に傷をつけたのは倒れている男だと……そこに、視線を移した。移してしまった。


 それはつまり、ハルキから視線が外れた、一瞬の隙だ。


「……って!」


 男の頭に、なにかがぶつかった。それは、空からなにかが落ちてきた……といったものではない。

 明らかに、男の頭を狙って投げられたものだ。


 男は反射的に声を漏らし、自分の頭にぶつかったそれを手に取る。

 それは……スニーカーだった。


「あぁ? なんだこ……」


「ふん!」


「りゃ……っごっ……!」


 それは、二度目の隙。視線を靴に移したことで生じた隙。その間に、事は起き……そして、終わった。


 見たままのことを言おう。ハルキは男の一度目の隙をつき、自分の靴を脱いでぶん投げた。狙い通りなのか、男の頭へとそれはぶつかった。

 そして、自分の頭にぶつかったものを確認するための、男の二度目の隙。その間にハルキは素早くダッシュし……飛んだ。


 それは、言ってしまえば走り幅跳び。助走をつけて飛んだことで、ハルキの身体は男の目前へと。

 あわや二人の身体が衝突する……かと思われた。でも、そうなる前にハルキは長い脚で蹴りを放った。


 それは、男の頬へとめり込んだ。


「かっ……」


 男は、軽く吹っ飛び先ほどの男同様受け身も取れずに倒れた。

 ハルキは、近くに着地して……落ちた靴を拾い、履いた。


 数分前まで、ナンパ男たちに絡まれて怖くて仕方なかったのに……今じゃ、二人のナンパ男が転がっている。

 とんでもない状況が、広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る