第16話 助けてくれてありがとう



 ナンパ男が、二人とも倒れている。高校生……いや、大学生だろうか。ともかく、私たちよりも大柄な男が。

 それを見下ろすのは、一人の少女……ハルキだ。


 私たちに手を出したナンパ男を、ハルキが倒してしまった。今起こったことを説明するなら、こうだ。

 直接見ていたのに……信じられない光景だ。


「お兄さんたち、もう終わりですか? カレンのきれいな肌に傷をつけた落とし前、まだつけてもらってないんですけど」


「!」


 ハルキが怒ったのは、私の手首につけられた痕を見て。それを意識すると、胸が高鳴る。

 でも、これ以上はもう充分だ。ハルキのおかげで気は晴れたし、気絶した相手にまでなにかするハルキなんて見たくない。


 私は、ハルキの側に駆け寄る。


「ハルキ、私は大丈夫だから! それより……」


「ねえ見た今の? すごくない?」


 一刻も早く、この場を去ろう。そう言おうと思ったけど、ふと声が聞こえた。

 それは、こっちを遠巻きに見ている人たち……野次馬のものだ。


「なあに、喧嘩?」


「やあねぇ、なにかあったの?」


「さあ。なんか、あの子が男二人ボコボコにしてるって……」


「あわわわ……」


 周囲の声は、だんだん大きくなっている。

 それは、もしかしなくても私たちのことだ。今の一部始終を見ていた人たちが、話しているのだ。


 私たちを見ているし、中にはスマホを構えている人もいる。


「はぁ。さっきまで見て見ぬふりだったのに、途端に見物か。アホらし」


 だけど、慌てる私とは対称的に。ハルキはため息を漏らして、髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。

 乱れた髪が、少し汗の張り付いた額が……なんだか、とてもセクシーだ。


 ハルキは、周囲を一瞥し……私の手を取った。


「行こう」


「え? ハル……わっ」


 私がなにを言うよりも先に、ハルキは走り出した。もちろん、全力疾走ではない。

 私も置いていかれないように、走り出す。それを見ている人たちは、なにを思っているのだろう。


 私は、度々後ろを気にする。


「い、いいの、かな?」


「いいって、なにが?」


「だって、男の人たち倒れたままだし……周りの人も、拡散とかしちゃったら……」


「大丈夫でしょ。ボクたちに男たちを介抱する義理なんてないし。かくさん……とかは、よくわかんないけど」


 ……そっか、ハルキはスマホ持ってないから、撮られた写真や動画が拡散される心配がわからないんだ。

 まあ、あくまでナンパから守ってくれたハルキなわけだから、拡散されても別に困ったことにはならないだろうけど。


 っていうか……手、繋いじゃってる……


「ここまで来れば、大丈夫かな」


 しばらく走り、立ち止まる。

 私がスカートだからか、転ばないように気をつけて走ってくれていた。こんなときでも、私の気遣いをしてくれるんだ。


 ハルキはというと、カジュアルなジーンズを履いている。まさか走ることを想定していたわけじゃないだろうけど、走りやすそうだ。

 上はティシャツに薄手のパーカーを羽織っている。


 うわ……似合ってるなぁ。着られてる感が全然ない。


「ごめんねカレン、いきなり走っちゃって」


「え? いや全然。むしろ、助けてくれてありがとう」


 ハルキがいなければ私は、ナンパ男に連れて行かれていた。

 そのあとのことを想像すると、震えが止まらない。


 でも、ハルキが来てくれた。それが、とても嬉しい。


「ありがとう、なんだけど……ハルキはなんで、あんな時間に? 待ち合わせ時間にはまだ早いよ? それに、さっきの動きはなに? ハルキ、なにか習ってるの?」


「っとと、質問多い。ちゃんと答えるからさ」


 ハルキの言葉に、私ははっと恥ずかしくなる。

 まくし立てるように、気になったことを並べてしまった。口を塞いでも、もう遅い。


 苦笑いを浮かべるハルキは、こほんと小さく咳払いをした。


「まず、習い事なんかはしてないよ。ただ、護身術程度に身体を鍛えてはいるかな」


「護身術……」


 なにか習っているわけではない……つまり自分で鍛えて、あんなに強くなったってことだ。

 護身術を学んでいるというハルキは、にかっと笑った。

 あれが護身術の範疇なのかは、わからないけど。


「ボクはこんな見た目だから、面倒事に絡まれることも多くてね。だからせめて、自分の身は自分で守れるように」


 ……きっと、私にはわからないようなことが、ハルキの身には起きてきたんだろう。

 男の子みたいな外見で、だけど本当は女の子で。いろんな面倒ごとがあって……だから、身体を鍛えてきた。


 護身術程度とは言うけど、二人の男を倒せるならそれはすごいことだ。


「さっきはたまたまうまくいっただけだよ。うまく決まって良かった」


 あれが全部、たまたま……というのは謙遜な気もするけど。

 ハルキがそう言うなら、そういうことにしておこう。


「で、あの時間にいた理由だけど……カレンより先に着いて、待ってようと思ってたんだよね」


「ぇ」


 待ち合わせよりも早い時間に、あの場所にいた理由……それを聞いて、私の心臓はトクンと跳ねる。

 あの時間に、いたのは……わ、私の、ため?


 早めに着いて、私を待つつもりだった。

 それって……うわぁ、すごく嬉しい。


「でも、結果的には……カレンのほうが、楽しみにしてくれていたのかな?」


「! わ、私は……た、たまたま早く、着いただけだし!?」


「ふぅん」


 早めに着いておこうと考えたハルキよりも早く居た、私……それはつまり、そういうことだ。

 だけど、それを認めるのが恥ずかしくて……私は、ついそっぽを向いてしまった。


 ああもう、私っては、素直になれないんだからなぁ!

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