第14話 断るって言ってんでしょ、このクズ男



 ……私恋上院 華怜れんじょういん かれんにとって、今日は特別な日になるはずだった。


 高校入学を機に再会した、男の子だと思っていた女の子、ハルキ。私の初恋は儚く散るかと思いきや、気持ちは大きくなるばかり。

 そんなハルキに誘われて、今日は彼女と出掛ける。だからだろう、私は浮かれていた。


 なんだかんだといっても、今日という日を楽しみにしていた。けれど、その気持ちは塗りつぶされた。

 待ち合わせ場所に着いた私に声をかけてきた、ナンパ男。二人は私を捕まえ、どこかに連れて行こうとする。

 今日は、なんて最低な一日なんだろう。ハルキと会えず、ナンパ男になにをされるかわからない。最低、最低、最低……


 ……そう、思っていた。


「すみません、彼女……ボクの連れなんですよ」


 私の右手首は、ナンパ男に掴まれている。痛く、熱い。

 そして……その少し上、腕を掴む手があった。けれど、こっちの手は……あたたかい。


 トクン、と心臓が脈を打つ。それは、腕を掴んだ手から感じる体温に反応してか、それともこの声を聞いたからか。

 どちらでもいい……だって、来てくれたから。


「ハル、キ?」


 見上げれば、そこには……私の頭の中を埋め尽くして仕方なかった、彼女の顔があった。

 凛々しく、美しく……けれど、強い瞳でナンパ男に対峙している。


 連れて行かれそうだった私を守るように、ハルキがここに現れた。


「あぁ?」


 なんで、ハルキがここに。待ち合わせ時間までまだ時間はあるのに……

 そんな疑問は、聞こえた声によりどこかへ行ってしまった。機嫌の悪そうな、低く重い声。


 それがナンパ男のものだと気づくのに、少し時間がかかった。

 だって、さっきまで私に話しかけてきていた声と……まったく、違うから。


「なんだ、てめえは」


 もう一人も、同じくだ。おそらく……というか確実に、この場に現れたハルキに対して苛立ちを向けている。


 やばい……ハルキが来てくれたことで、嬉しくてどうにかなりそうだったけど。

 この状況は、まずい。


「言ったでしょ、この子はボクの連れだって」


 私は男たちの声を聞いているだけでも、萎縮してしまうのに。

 真正面から男たちと対峙しているハルキは、怯えた様子もなく、向かい合っていた。


 その表情は、再会してから今日までいつも見ていた、爽やかな微笑で。でも、その目は……全然、笑っていない。


「うるせえな、俺らはこの子に用があるんだよ」


「てめえこの姉ちゃんの彼氏か? 悪いな、ちょっと借りるわ」


「彼氏? 違いますけど」


 ……一触即発、という言葉を実際に使ったことはないけど、使うとしたらきっとこういう場面なんだろう。

 苛立ちを隠しもしない男たち、それに軽々と言葉を返していくハルキ。


 喉が、渇く。


「はぁ? なら関係ねえじゃねえか、すっこんでろよ優男」


「やだなぁ、男だなんて。ボク、女ですよ?」


「はぁ? なに言って……」


 にっこりと、微笑を浮かべたままのハルキに、男たちは鼻で笑い一蹴しようとする。

 だけど、言葉が止まった。それは、きっと男たちにとっても予想外な光景があったからだ。


 ハルキは確かに、美少年にも見えるほど顔が整っている。実際は美少女なのだから、中性的な顔立ちというやつだ。髪型もショートだし、背だって高い。

 そんなハルキでも、身体の中の一部分が確実に"女"だと訴えるものがある。


 それは……男たちの目の先にあるもの。


「へぇ……」


 男たちは、ハルキの言葉を受けてバカにした笑みを浮かべながら、視線を落とした。顔から胸へ。

 すると……そこには、男にはないはずの二つの膨らみがある。ハルキが女であるという、証拠が。


 それを認識した瞬間、男たちは下品な笑みを浮かべた。

 それを見た瞬間、寒気がした。


「は、ハル……」


「なら、お姉ちゃんも一緒に遊ぼうや。この子と離れたくないなら、それで解決っしょ」


 私が、ハルキの名前を呼ぶより前に……ナンパ男は、ハルキを誘った。

 ハルキを男だと思っていたからこそ、さっきまでの態度。ハルキが女だとわかってしまえば、態度は一変してしまう。


 ナンパ男たちは、ハルキも一緒に連れていくつもりだ。


「それはお断りします。それに、この子も返してもらう」


 いったい、ハルキはどう対応するつもりなのか……それは、すぐにハルキの口から語られた。

 私も一度は言った、拒絶の言葉。でも、私の言葉よりも力があるように感じる言葉。


 それを受けた男たちは、やっぱり笑ったままで。


「んな連れないこというなって、みんなで遊んだほうが楽しいじゃん、なあ」


「そうそう」


 私たちの拒絶なんて、聞こえているはずなのにまったく聞こうともしていない。

 ケラケラと笑うその態度に、怒りさえ覚える。でも、怒りよりも……怖さが、上回る。


 少なくとも私は、そうなのに。


「しつこいなぁ……断るって言ってんでしょ、このクズ男」


 ……それは本当に、ハルキが言ったのかと思ってしまうほどに。敵意を持った言葉で。

 冷たく、攻撃的な言葉だった。


 それと同時に、次に起こる展開がわかってしまう。だって、こんな男たちにそんなこと言っちゃったら……


「はぁ? なに言っちゃってんの……いいからおとなしく来いって言ってんだよ」


 ハルキの言葉に、苛立ちを見せた男の手が伸びる。いつの間にか、私を掴んでいた手は離れ……その手で、ハルキの手首を掴んだ。

 さっき掴まれたからわかる。男の手は……強くて、怖い。


 いくら男の子に見えるといっても、ハルキは女の子だ。あんな力で掴まれたら、どうしようもない……


「あぁー……結構力強いんだね、男って。これ、正当防衛ってことでいいよね?」


「あ? なに言っ……」


 ……ハルキが何事か呟き、それに対して男が首を傾げた。私にわかったのは、そこまでだ。

 そして、なにか言おうとしていた男は、その言葉を最後まで言い切ることなく……


 後ろに、倒れた。


「……え? は?」


 それを見ていたもう一人の男は、受け身も取ることなく倒れた男を見て、困惑の声を漏らした。

 倒れた男は……白目を剥き、倒れたことでどこか打ち付けただろうに、それに対する反応さえも見せない。


 これ……って……?


「あちゃあ、手に痕ついちゃってるよ」


 掴まれていた手首を振り、ハルキが言葉を漏らした。

 倒れた男に対して、驚いた様子もなく。


 もしかして……今の、ハルキがやったの……?



 ――――――



 第一章はここまでです。幼き日、初恋を捧げた相手と再会し……けれど、その相手は実は女の子で! 男だと思っていたその子との再会が、彼女の運命を狂わせていきます!

 次回から、第二章 初恋相手との青春の日々が始まります。

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