第9話 頭がいいのにバカよね



 私としたことが、うっかりしてしまっていた。うっかりと言うか、油断と言うか。いや、意味としては同じことか。

 蓮花れんげのいる前で、ハルキのことを名前で、しかも呼び捨てで呼んでしまうなんて!


 会ったばかりのクラスメイトに対する距離感じゃないよこれぇ! 確実になにかあると思われるじゃん!


「やっぱり二人って、知り合いなの?」


 一連のやり取りから、私たちの関係に勘付いた蓮花。ほらぁ!

 私は、どう答えたもんかあたふたする。だけど……


「うん、そうだよ。小さい頃、こことは別の町で会ったことがあるんだ」


 まるで当たり前のように、あっさりと。ハルキは答えたのだ。

 しかも、ご丁寧に昔会った時のことまで添えて。


「!? は、ハル……」


「へー、そうなんだ。なるほど……華怜かれんは転勤族だったし、一条寺いちじょうじさんもこの町に来る前は違うところにいたって言ってたもんね。そういうこともあるのか」


「おぉ……?」


 だけど蓮花は、どこか納得した様子でうなずいている。

 私とハルキの距離感……それに納得がいった、と言うように。「でもすごい偶然だよね」とつぶやいて。


 私とハルキの関係性について、まったく疑っては……


「あーーー!?」


「!?」


「か、カレン?」


 って、あー……そうか、そうだよな……私はバカか。


 私とハルキが顔見知りだからって、それがバレたからってなんだって言うんだよ。

 それは全然変なことじゃない……私が秘密にしたいのは、『昔会った初恋の男の子が実はハルキで、今も恋している』ということだ。


 それを秘密にしたいあまり、ハルキとの接点すら隠そうとしていた……


「ごめんハルキ……」


「いきなりどうしたの」


 私ってば、ホントバカだなぁ。隠し通さなきゃいけない気持ちは一つだけ、それ以外は隠す必要すらないんだ。

 むしろ、ハルキと知り合いですって早々に言っておけば、こんなややこしいことにならずに済んだのに。


「華怜ってたまーにおかしくなるわよね」


「そうなの?」


「そうなの。それに、頭がいいのにバカよね」


「!?」


 うぅ、せっかく再会したハルキの前で、醜態を見せてしまった。

 ハルキへの気持ちを封印すると決めたことと、ハルキに変に見られたくないというのは、別の話だ。


 恥ずかしいよぉ、穴があったら入りたいよぉ。


「それにしても一条寺さん、まるで男の子みたいだなって思ってたけど……近くで見るとますますだわぁ」


「はは、よく言われる」


「あ、イケメンって意味でね。ごついとかそういう意味じゃなくて、すんごい美少年てことで。眼福眼福」


「なにを仲良くしてるんだよ!」


 私が落ち込んでいるいつの間に、ハルキと蓮花が仲良く話している。

 しかも、男の子みたいだってわりとデリケートなことを!


 ハルキは気にしていないのか、笑っているけど……

 そうか、ハルキを男の子だと思った子は他にもいるんだ。私だけじゃない、よかった。


「あ、改めまして、高科 蓮花たかしな れんげです。一応華怜この子とは中学から友達やらせてもらってまーす」


「うぉい! なんだその自己紹介! あと頭撫でるな!」


「これはご丁寧に。一条寺 晴樹いちじょうじ はるきです。カレンとは、十年の時を経て再会した、特別な関係……かな」


「だからその意味深な言い方やめろ! あとハルキも頭撫でるんじゃない!」


 なんだこれ、なんなんだこれ! なんで私は、二人に挟まれる形になっているんだ!?

 二人は二人で、なんかいい感じに距離縮めてるし。うらやまし……じゃなくて!


 私は、頭の上に乗っている二人の手を払いのける。


「あぁん、いたぁい」


「払っただけでしょ! ちょっと迫真っぽいのやめなさい!」


 痛がる素振りをして、手のひらを撫でている蓮花。

 周りが見たら勘違いしそうだから、やめてよ!


「カレンの髪は、さらさらだなぁ」


「な、なにを言うとるかね!」


 対してハルキは、私の髪の感想なんて言ってきた。あまりの言葉に、顔が熱くなっていくのを感じる。

 動揺したせいで、言葉が変な感じになってしまった。


 さ、さらさらって……ほ、褒めてくれた。ハルキが、私の髪を。

 毎日、長い時間をかけてお手入れしていて、よかったぁ……


「って、そうじゃなくて!」


「?」


 うわぁ、うわぁ。なによなによ、なんなのよ!

 なんでそんなこと、さらっと言えちゃうのよぉ。


 も、もしかして、他の女の子にも同じようなこと、言ってるんじゃないでしょうね!


「むぅ……」


「どうしたのさカレン、そんなほっぺたを膨らませちゃって」


 風船みたいだよ、とハルキは私の膨らんだ頬を指先で押す。

 ぷしゅー……と空気が抜けていくのを感じる。


 うっ、ハルキの指の感触……


「一条寺さんてば、結構面白いのね。なんだか、あんまりそんな感じしなかったから」


「そうかな? というか、ボクのことは晴樹でいいよ」


「あら、ホント? なら私も、蓮花でいいよ!

 ていうか、ボクっ子なんだぁ」


 お、おぉ、おいおいおい!? な、なんで私そっちのけで話が進んじゃってるの!?

 いや、別に私を通さないと話をしちゃいけない、なんて言うつもりはないけど……


 い、今……な、なな、名前呼びの話してた!? 会ってまだ間もないのに、お互いに名前で呼ぼうって話してた!?

 な、なんで……そりゃ、クラスメイトだし、仲良くなれば名前で呼ぶことも珍しくないのかもしれない。けど……


「そ、そんなのぉ……は、ハレンチだよぉ……」


「さっきからどうしたのカレンは」


「さぁ。でも、たまにこの子、理由はわからないけどめんどくさくなる時があるのよ。あと頭いいけどバカなのよ」


「二回言った」


 わ、私以外と名前で呼び合うなんて……って、私はめんどくさい彼女か!

 でも、なぁ……あぁ、もう、なぁ……!

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