第8話 もしかして二人って、知り合い?



 私が目を離した隙に、蓮花れんげが……!

 自分のことでいっぱいいっぱいになっていたけど、蓮花だって高校生になったばかりで不安なはずなのに……私ったら、蓮花のことをほったらかしにしてしまった。


 そのせいで、チャラ男と連絡先を交換するという事態に陥ってしまった。


「ご、ごめんね蓮花……」


「いきなりなに!?」


「蓮花の心の不安に付け込むような卑劣な真似を、あのチャラ男……!」


「だからなにが!?」


 私がチャラ男への憎しみを募らせていると、「とりあえず落ち着いて」と蓮花本人になだめられる。


 はぁ、ふぅ……よし。少しは、落ち着いてきたか……

 それにしても、蓮花もああいうタイプは苦手なはずだったけど。


「なんであいつと、連絡先交換したの?」


「なんでって……ううん、同じクラスだし断る理由もないから。それに、最初は驚いたけど話してみたら、悪い人じゃなさそうだったよ。

 言っとくけど、無理やりされたとか、しつこいからこっちが折れた、とかじゃないからね」


 蓮花は、昨日のことを思い出しながら、説明してくれた。けど……


 なんてこった……私が目を離した少しの間に、もうこんなにも毒されてしまっているなんて!

 あのとき、蓮花も一緒に連れて行けば……いやでも、ハルキとの関係を知られるわけにもなぁ。


「うーんうーん……」


華怜かれんって、前からちょっと思い込み激しいとこあるわよね」


「うん?」


 お、思い込み激しい……そんなこと、ないと思うけどなぁ。

 でも、言われてみれば……ハルキをずっと男の子だと思っていたのも、思い込みが激しいってことなのかなぁ。


 いやあれは、仕方ないと思う。どっからどう見ても男の子だった。私が思い込み激しいわけじゃないはず……って、これはハルキに失礼か。

 あぁ私ったら、私はハルキのことを考えて……


「はぁ……」


「おはよう、カレン」


「わひゃっ!」


 どうしてもハルキのことを考えてしまう……それに気づいた私は、どっとため息を漏らしてしまう。

 それとほとんど同時に、後ろから声がした。しかも、今まさに頭の中に浮かんでいた人の声が。


 別に、私を驚かせようというつもりはないんだろう。でも、急に後ろから声をかけられたら……驚いてしまっても変じゃないでしょう。

 変じゃないとしても、恥ずかしい。


「ご、ごめんねカレン。そんな驚くとは」


 とっさに、振り向く。


 私が驚いたことに、後ろに立っていたハルキまで驚いた様子で、私に謝る。

 あんなに驚いてしまったのは私なんだし、ハルキが謝る必要はないのに。


「気にしないで、でもいきなり後ろからはびっくりするからやめてもらえると……」


「うん、次からは気をつけるね」


 ひらひらと手を振りながら、ハルキは蓮花にも挨拶をして、自分の席へと歩いていく。

 途中、近くの女の子に話しかけられ、笑顔で応対している。うわぁ、いいなぁ……相手の子。


 私も、あんな風に笑いかけてもらったら……


「いいなぁ」


「なにが?」


「!」


 しまった、声に出てしまっていた。私ったらなんて不用心な。

 とっさに口を塞ぐけど、蓮花にはバッチリ聞かれてしまっていた。


 ただ、今の言葉だけじゃなんの意味だかわからないはずだ。


「ところで……ちょっと気になったんだけど。今一条寺いちじょうじさん、華怜のこと名前で呼んだ? もしかして二人って、知り合い?」


「!」


 私の言葉は、なんとかスルーしてくれた……だけど、それで終わりではなかった。

 今のやりとりで、蓮花が聞き逃さなかったこと。それは、ハルキの私への呼び方だ。


 昨日初めて会ったばかりの相手から、下の名前で呼ばれる。その疑念。

 だけど、これは蓮花に対してうまいカウンターがある。


「そ、それはほら。蓮花だって、チャラ男くんに下の名前で呼ばせてたじゃない」


「別に呼ばせてるわけではないけど……まあ、そうね」


「私も、同じようなことをしているだけなのだよ」


 そう、さっき蓮花自身が、初対面の異性から名前で呼ばれるというやり取りを見せた。

 ならば、それと同じようなことをしていると説明すればいいだけのこと。


 そして、ダメ押しのもう一声。


「それに、ほら……私、自分の名字嫌いだから!」


「……あぁ、そういうことね」


 名字について、口に出す。それを聞いた蓮花は、なんとか納得してくれたみたいだ。

 そう、私の名前は恋上院 華怜れんじょういん かれん。お金持ちのお嬢様みたいなこの名字が嫌いで、これまで小学校中学校のクラスメイトには名前呼びをお願いしてきた。


 高校でも同じことをすると、言ってしまえばいいのだ。

 ……ま、こうなったからには他のクラスメイトにも名前呼びを頼むことになるわけだけど。なんだか、小中はともかく高校生になっていきなり名前を呼ばれるのは、むず痒いな。


「なるほど。じゃあ昨日は一条寺さんに、名前を呼ぶことをお願いしたわけね。

 ……それはそれとして、昨日のあれはふたりともすごく知り合いに見えたけど」


「そ、そうかなぁ。あははは」


 いくらチャラ男から助けてもらったとはいえ……あれはさすがに、距離が近すぎる。

 顔もそうだし、腕引っ張って教室の外になんて。なにかあると思われる方が自然だ。


「いや、それは……はる……い、一条寺さんは、ただの親切心で……」


「ボクがどうかした?」


「わひゃあぃ!?」


 また、後ろから声がした。また変な声出ちゃった。

 うぐぐ……また、こんなことをぉ……!


 私は、ゆっくりと振り返る。

 そこには、自分の席に荷物を置いて身軽になったハルキが立っていた。


「ハ、ル、キぃ……!

 さっき、さっきやめてって言ったよね! なのに、なのにもぉ……!」


 先ほどのやり取りを忘れるわけない。わざとだ。

 ハルキめ、わざと私を驚かせるために声をかけたんだな。


 なんて性悪なんだ! しかも全然悪いと思ってる顔してないし!


「ぬぐぐぐ……」


「は、る、き……?」


「はっ……」


 ハルキに恨めしい目を向けていると、隣から声が聞こえた。

 私ははっとしてそちらを……蓮花の方を向くけど、もう遅い。


 や、やっちゃったぁ……蓮花の前で、ハルキのこと名前で呼んじゃったよ……!

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