第7話 気になってた人にデートに誘われたけど着ていく服が見つからなくて一晩中悩んだ女子高生みたいな顔してるよ



「はぁ……ふぅ……よしっ」


 何度も、深呼吸を繰り返す。うだうだと考えるのは、やめだ。

 もう散々考えた、これ以上考えても、同じことの繰り返しだ。


 信じられないことだけど……女の子だと知っても、私はハルキのことが好きだ。しかも、この"好き"はライクの意味じゃなくて……


 ……この気持ちはごまかせない。いや、ごまかさない。その上で……私は、この気持ちを封印する。

 誰にも明かしはしない。まかり間違っても、ハルキ本人に知られるなんてあっちゃいけないことだ。


「ハルキは女友達、ハルキは女友達、ハルキは女友達……よしっ」


 そう、ハルキは女の子……女友達だ。それをしっかりと、自分の中に刻み込め。


 ハルキと一緒に、出掛ける。これがデートなのかそうじゃないのか……ううん違う。見方を変えるんだ。

 なにも、変に意識する必要はない。女友達とのお出かけだって、デートと呼ぶことがある。本に書いてあった。


 うん、そうだ。デートは、別に異性と遊びに出掛けることだけを指すものじゃない。

 そもそもの話、ハルキからこれがデートだって言われたわけでもないんだ。女友達と遊びに行くだけ……なにも変に、意識することはない。


「よし、よし……落ち着いてきた……」


 私は、できる女……新入生代表に選ばれるくらいに、優秀な子。ならば、自分の気持ちをコントロールすることもできるはず。

 はぁ、よかった頭良くなってて……これも、ハルキが頭の良い子が好きかもしれないからと思って努力したおかげで……


 って、余計なことは考えないの!


「大丈夫、私は大丈夫だよ。うん、大丈夫だー!」


 気合いを入れて、叫ぶ。さっきまであんなにもやもやしていたのが、嘘みたいだ。

 これなら、うまくいく! 明日からも、ハルキとうまく付き合えるはずだ!


 やる! 私はやってやるぞ!



 ――――――



「おはよー、華怜かれんー!」


 やたらと明るい声が響く。同時に、ぽん、と誰かが私の肩を叩く。

 それが誰のものか、確認するまでもない。聞き慣れた声、何度もされた動作だからだ。


 だから私は、後ろにいる人物に確信を抱きつつ、挨拶を返す。


「おはよー、蓮花れんげ……」


「わっ……」


 振り向くと、そこにいたのは……やっぱり、蓮花だった。

 朝の挨拶は、たいていいつも蓮花からだ。私の姿を見つけ、挨拶と同時に肩を叩いてくるのだ。


 そんな彼女に、挨拶を返すのはもう一連の行動だけど……

 私の顔を見た蓮花が、驚いた様子で声を漏らしたのだ。


「なによ、人の顔見てそんなお化けでも見たように……失礼ね」


「いや、なにかあったのかはこっちのセリフなんだけど! どうしたの顔ひどいよ!」


 驚く蓮花は、私の肩を掴んで揺さぶってくる。うわぁ、視界が揺れる……

 朝からこういうことは、やめてほしいな。


「な、なに言ってるのか、よくわからないんだけど……」


 なんとか言葉を返すと、蓮花はまじまじと私の顔を見た。


「昨日……ううん、昨夜になにかあった? なんかめっちゃやつれてるんだけど。それにクマも」


 そう、やつれていると私の顔を見る蓮花。

 朝、鏡の前に立った時はなんとも思わなかったけどな……


 でも、蓮花がわざわざそんな嘘をつくとも思えないし。

 私、本当にひどい顔しているのかしら。自分でも気づかないくらいに。


「なにがあったのさ。

 まるで、気になってた人にデートに誘われたけど着ていく服が見つからなくて一晩中悩んだ女子高生みたいな顔してるよ」


 ……すごいな、ほとんど正解だよ。どんな推理だよ。今日日探偵でもここまで正確な推理はしないぞ。

 って、女子高生みたいなっていうか私は女子高生だよ。


 ただ、これに「うんそうです」なんて答えれば、なんか話がややこしい方向に行きそうな気がする。


「いや……ただ、ちょっと夜更かししちゃっただけだよ。ほら、スマホゲームとかいろいろあるじゃん」


「あるじゃん、って言われても……

 ……まったく、寝不足はお肌の天敵だよ? というか、華怜ってそういうのとは無縁だと思ってたんだけど」


「……」


 確かに。……私が、初恋の男の子に見合うように努力していることは、蓮花も知っている。

 そんな私が、わざわざ夜更かしなんて……身体によくないことをしているなんて、意外だと思うよね。


 私の言い分を不可解に思ったからか、じとーっと蓮花からの視線を感じる。

 うぅ、なんだか罪悪感。


「おっはよー」


 そんなときだ、教室内に陽気な声が響いたのは。

 一瞬、ハルキではないかと期待した。でもハルキの声じゃない。


 一応視線を向けると、そこには昨日のチャラ男……名前なんだっけ……がいた。


「滝野くん、おはよう」


「よっ、蓮花ちゃんおはよっ」


 近くを通りかかったチャラ男に、なんと蓮花から挨拶をした。挨拶をされたからには、返事をするのが礼儀だ……けど。

 チャラ男は、蓮花を名前で呼んだのだ。ちゃん付けで。


「え……名前……?」


恋上院れんじょういんさんも、おはよう」


「え、えぇ、おはよう」


 今のやり取り、蓮花は普通に受け取っている。私は名字だったけど。

 チャラ男に話しかけられている間も、今のやり取りが頭から離れない。


 えっと……二人は、昨日が初対面だったはずだよね?


「蓮花……なんで、名前で呼ばれてるの?」


 自分の席へ移動するチャラ男を見送ったところで、蓮花に問い掛ける。

 初対面の男から、昨日の今日で名前呼び? いくらクラスメイトだって言っても、それはどうなんだ。


 すると、蓮花は……


「いや、昨日華怜が一条寺いちじょうじさんと教室からどこか行ったあと、意気投合しちゃって。

 連絡先も交換しちゃった」


「なん……ですって」


 しちゃった、とスマホを見せつけてくる蓮花。そこに、後悔とかそういった感情は見えない。つまり、無理やり迫られたわけじゃない……?

 私が、ハルキと教室から出た、少しの間に……?


 なんてこった……蓮花が、チャラ男の毒牙にかかってしまった……!?

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