第6話 もっと人付き合いしとくんだったよー……



 ――――――



「どどどどっ、どどどどっ!?」


 入学式が終わった日の夜……

 私は、自室でクローゼットを開き、中にある服を手当たり次第に出していた。


 どうして、入学初日の夜にこんな慌ただしくしているのか……それは、朝ハルキに言われたことが関係している。



『なら、今度の週末さ。携帯電話買いに行くの付き合ってよ。ボクどんなの選べばいいかわからないし、アドバイス貰えると助かるな』



「どうしよー!!!」


 うがーっ、と私は頭を掻きむしる。


 そう、私はハルキにデートに誘われたのだ。

 いや、ハルキとしては、ただ一緒に携帯電話を買いに行くだけ……私は、その付き添いのようなものだ。


 でも……休日に、二人きりでお出掛けなんて。それはもう、デートと呼んでいいんじゃないだろうか。


「いやいや、女の子同士のお出かけに、デートもなにもないでしょうよ!」


 あぁ私、さっきからこの繰り返しだ。ハルキにデートに誘われたと舞い上がり、これはデートじゃないと落ち着こうとして。

 結果として、それに時間を取られ服選びが進まない。いや、それだけが原因じゃないけど。


 だって、ハルキとのお出掛けの服なんだよ!? こんなの、すぐには決められないよ!

 週末のお出かけまで、まだ時間はある。だから、こんなに急いで決める必要はないのに……そんなの、わかっているのに。


「これじゃあ、本当に……」


 何日も前から、その日着ていく服を決めている……こんなの、めちゃくちゃ気合いを入れていると思われちゃうじゃないか。

 いや、思われるっていうか実際にそうなんだろうけどさ。


 もちろん、私がこんなに服選びに悩んでいるなんて、ハルキは思いもしないだろうけど。


 ただ友達と出掛けるだけなら、こんな真剣に、何時間も服を選んでなんかない。相手がハルキだからだ。


「……私とハルキって、友達なのか?」


 ふと、そんな疑問が浮かぶ、。昔会って、今日再会して。これって、友達なの?

 いや、友達じゃない子を休日のお出かけには誘わないだろうし……でも、知り合いが私しかいないとも言っていたし……


 ……あぁ、今そんなこと考えるな私!

 確かなのは、これがデートにしろそうじゃないにしろ、私が楽しみにしていることに変わりはないってこと!


「あぅう、どうしよう……」


 私は肌着のまま、地面に散らばる服の山に埋もれる。

 服を身体に合わせては、これも違うあれも違うと……決められないのだ。


 もう夜になっちゃった……お腹も減ったし、お風呂も入らないと。それに明日の準備だってある。


「こんなことなら、もっと人付き合いしとくんだったよー……」


 転勤族だった私は、人とあまり深く関わろうとしてこなかった。

 ハルキと会った後も、それは変わらず……いや少しは改善された……はず……


 ……ともかく、その影響で友達という友達なんていない。蓮花れんげくらいだ。

 蓮花とだって、出掛けたことが多いわけではない。友達と呼べる子と出掛けた経験が少ないのだ。


 なのに……高校に入って最初に出掛けるのがハルキとなんて、ハードル高すぎるよぉ。


「蓮花に連絡して聞く……っていうのもなぁ」


 私が相談できる相手としたら、蓮花しかいない。中学からの付き合いなのだ、私の中では一番の友達。

 相談したら、協力してくれるだろう……けど。


 女の子と出掛けるのになにをそんな悩んでいるんだ……って一蹴されるのがオチだよなぁ。


「せめて、男の子と出掛けるんだったら……」


 もしも男の子と出掛けるのなら、それは間違いなくデートと呼べるものだ。そう呼んで差し支えはないだろう。

 であれば、なんの問題もなく相談して、アドバイスを貰えるはずだ……


 ……それはそれでからかわれそうではあるが。


「……ハルキが、女の子……」


 改めて、考える。十年前に会った、活発な男の子……私の初恋の相手。

 その相手がまさか、女の子だったなんて。


 蓮花には、私の昔話を少しはしている。初恋の男の子がいることも知っている……けど。

 まさかその男の子が実は女の子だってことも、クラスメイトのハルキだってことも知らない。言えない。


「はぁあ……」


 ハルキが女の子……それだけならまだいい。初恋は、私の勘違いで儚く終わったものだと、諦めることが出来る。

 でも、そうはならなかった……初恋のあの気持ちは消えていない。いや、消えていないどころか、さらに気持ちが熱くなっている。


 ハルキの笑った顔を、さらさらの茶髪を、抱きしめられたらすっぽり埋まってしまいそうなすらっと伸びた身体を……彼女の制服姿さえ、思い出しただけで。


 ……どうしようもなく、心臓がドキドキと脈打っていくのを、感じるのだ。


「……私、まだハルキのこと……」


 相手は女の子だと。そう、何度も確認したではないか。なのに……

 気持ちは、静まってくれない。身体は熱く、心臓の音がうるさい。


 この気持ち……誰にも、明かせない。ハルキが男の子だったら、再会できたら告白しようと決めていた。

 でも、ダメだ。だってハルキは、女の子だ……告白なんてできるはずもない。


 この気持ちは、自分の中にしまっておく……それしか、ないんだ。

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