第5話 付き合ってよ



 入学試験で、好成績を残した生徒は入学式の際に新入生代表のスピーチを担当する……

 私がそう聞かされたのは、合格発表があったその日のこと。


 自分でも、手ごたえは感じた。でも、何十……いや百を超える受験者がいる中で、合格してしかも代表スピーチを担当するほどとは。

 あまりの衝撃に、しばらく頭が真っ白になったものだ。


 ともかく、私は入学試験で好成績を叩きだした。その影響で新入生の代表スピーチをすることになったわけだ。



『新入生代表、恋上院 華怜れんじょういん かれんです』



 全校生徒の前でスピーチをするなんて、とても緊張した。だって、人前で話すことさえあまり得意ではないのだ。変われるものなら変わってもらいたいという気持ちもあった。。


 けど……ハルキが、見てくれているという気持ちも、確かにあった。だから、私は挑めた。

 ハルキが見てくれている。聞いてくれている。そう思ったから、私は頑張ろうって思えたんだ。


 というか……先にハルキが女の子だって知っちゃった衝撃と、どこかでハルキが見ているという緊張もそれはそれであったから、私ちゃんとスピーチできたか自信がないんだけど……


「ホント、感激しちゃった」


 そう言って笑うハルキの表情を見ると、スピーチがうまくいったかどうかなんてどうでもよくなってしまった。いや、よくはないんだろうけど……

 でも、なんでもいい。嬉しい。ただそれだけ。


 ただ、あんまりにやけてしまうのも、気持ち悪い女だと思われてしまわないだろうか。


「や、やめてよ。恥ずかしい」


「あはは」


 ダメだ、この話は……ハルキに褒められるってだけで、どうにかなっちゃいそうなのに。

 それとは同時に、自慢したい気持ちもある……そして、もっと褒めてって。その手で、昔みたいに頭を撫でてって。言いたい。


 私が勉強を頑張ったのは、ハルキのためなんだよ。

 あなたが、頭のいい子が好きかもしれない……そう思ったから。確信もない、たったそれだけの気持ちで、私は頑張ったんだよ。


「ハルキ?」


 あぁ、ダメだ。黙っちゃったら、この気持ちが溢れてしまいそうになる。

 なんでもいい。なにか、話題を変えないと。


 ハルキと話したいことは、いっぱいあるんだ。

 適当に、話しやすそうな話題を引っ張ってきて……


「そ、そういえばハルキ……さっき携帯電話、持ってないって言ってたけど……」


 いっぱい話したいことはあったのに、出てきたのは先ほど教室でやり取りしていたものだった。

 な、なにやってんの私。なんでよりによって、あのチャラ男とのやり取り思い出しちゃってるの。


 こんなこと言われても、ハルキは迷惑に決まってるでしょ。


「そうなんだよ。今までは、別になくても問題なかったけど。さすがに高校生になったんだから、持っておきたいよなとは考えていたんだよね」


 だけど、ハルキは私の話に、ちゃんと答えてくれて。

 私の言葉を聞いてくれているのだと、ただそれだけのことがどうしようもなく嬉しい。どうしちゃったんだ私は。


 ……どうやら、さっきハルキが携帯電話を持っていないと言ったのはその場をごまかす方便ではなくて、本当だったようだ。

 ハルキ、携帯持ってないのか。じゃあ、連絡先交換とかもできないな。


 あ、はは。連絡先交換って。今の私が、ハルキに連絡先を聞けると思っているのかよぅ。


「……そうだ、カレンは携帯電話持ってるんだよな? さっき、ポケットに手を伸ばそうとしてたし」


「え? う、うん、持ってるけど」


 なにかを考えるように顎に手を当てていたハルキ。その仕草さえかっこいい。

 私はチャラ男に迫られていた時、諦めて携帯を出そうとした。携帯を入れていたポケットに手を伸ばしたのを、ハルキは見ていたのか。


 なにか考えていたらしいハルキだけど、ふとなにかを思いついたように手を叩いた。そして、私に聞いてきたのだ。携帯電話を持っているのかと。

 その言葉に、私は反射的にうなずいた。


「なら、今度の週末さ。携帯電話買いに行くの付き合ってよ。ボクどんなの選べばいいかわからないし、アドバイス貰えると助かるな」


「え? うん、それくらいなら全然……え?」


 ……そう、携帯電話の話題なんか出して、ハルキも迷惑。そう思っていたのに。話はどんどんと進んでいって。

 迷惑どころの話じゃない。ハルキの口から出てきたのは、私が予想もしていなかったもので。


 い、今私……ハルキに、携帯電話を買いに行くのに付き合って、と言われたの? それってつまり……携帯電話を買いに行くのに付き合うってことだよね!?


 か、かか、買い物に、付き合うって……

 ね、ねえ……それって、あの……世間一般で言うところの、さ……で、で……


「お、ホントに? やったー。一人で携帯電話買いに行くのは、心細かったんだよねー。知り合いもいないし」


 嬉しそうなハルキは、私が受けた衝撃など知るよしもないのだろう。

 そんなハルキの言葉に、私はなるべく動揺を抑えるようにしながら、聞き返す。


「ひ、一人って……り、両親、は……?」


「二人とも、仕事が忙しいみたいで。休日でも、仕事仕事で……家にいないんだ。

 それに、両親は携帯なら電話とメールが出来ればいいタイプの人だから」


 今時の、いろいろアプリとか入っている携帯が欲しいのだ……私の質問に、ハルキはこう返した。

 両親と買いに行っても、必要最低限の機能の携帯になってしまう。けど、それじゃ嫌なのだと。


 なんだか、それがわがままを言っているようで、ちょっとかわいい……けど……


「か、買いに行くのは、構わないんだけどさ……それって、でー……」


「あ、予鈴だ。カレン、戻らないと」


 私が、肝心なことを聞くより先に……キーンコーンと鐘が鳴る。ホームルームの予鈴だ。

 それに反応して、ハルキが私の手を取り、来た道を戻る。


 ……当たり前みたいに、手を握られて。こんなにも、ドキドキさせられて。

 休日に、二人きりで出掛けるなんて約束を取り付けられて。それを思うだけで、こんなにも身体が熱くなって。


 休日に、二人で、買い物……これって、さ。

 つまり……で、デート……って、こと、なのかな?

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