第2話 まさか、ハルキが女の子だったなんて……



 ――――――



「はぁー……」


「どしたの華怜かれん、入学早々机に突っ伏しちゃって」


 私は自分の席に座り、思い切り机に突っ伏していた。

 だって、ついさっきの出来事に頭の中がパンクしそうなのだ。いろいろなことがごちゃごちゃしていて、整理がつかないのだ。


 十年前に会った男の子に、私は初恋をした。その男の子と、この高校で十年ぶりに再会した。

 嬉しいはずの再会……でも、私にとっては困惑でしかなかった。


「まさか、ハルキが女の子だったなんて……」


「?」


 そう、初恋の男の子が、実は女の子だったのだ。

 夢なら、覚めてほしい。私の淡い気持ちを、十年間の想いを返してほしい。


 少し、顔を傾ける。教室内。視線の先には、一人の男子生徒……だったらよかったなと願っている、女子生徒がいた。

 そんな私の顔を覗き込む彼女は、前の席に座っている。


「はぁ……」


「どしたん、ため息なんかついて。彼女がどうかした?」


 私の態度を見て、友人である高科 蓮花たかしな れんげが私が見ている方向に視線を向ける。

 長髪を金髪に染めている、調子のいい子だ。明るくて、その陽気な態度に救われることもある。


 中学からの付き合いである彼女だけど、そんな彼女でも私の気持ちを推し量ることはできないだろう。

 再会した初恋の人が女の子だったときの気持ちは。


「もしかしなくても、一条寺 晴樹いちじょうじ はるきさんのこと見てるよね? 彼女がどうしたん?」


 私の気持ちはわからないが、私が見ている相手のことはわかるみたいだ。もう一度聞いてきた。

 私は小さく、うなずいた。


 ハルキ……ハルキ。そう、イチジョウジ ハルキ。当時、名前を聞いた私は、ハルキを男の子だと思っていたのだ。

 今になって考えてみれば、『ハルキ』なんて男でも女でもいそうな名前なのに。


 当時は、ボーイッシュな感じだった。なんなら今も、男の子と見間違うくらいだ。短く切りそろえた茶髪に、すらっとした背丈。

 女の子の制服じゃなければ、ぱっと見男の子に見えなくもない。


 ……ある一部分を除いて。


「一条寺さん、この春にこの町に越してきたんだってね」


 先ほどの自己紹介で、ハルキ自身が言っていたことだ。

 家の都合で、この町に引っ越してきた。なんとなく、勝手に親近感が湧く。


 そんなハルキの周りには、数人の男女がいた。


「入学早々、もうあんな人気なんだねー。すごっ」


 ハルキの周りにいる人たちは、ハルキも含めて笑っていた。

 この町に越してきたばかりなのだから、誰も知り合いはいないのだろう。なのに、もうすでに仲良くなった子がいるんだ。


 すごいな、ハルキは。誰も知り合いがいないこの環境で、いきなり。

 高校生ならば、小中学校とは違う。これまでの環境とはがらりと変わる。


 ほとんどの人は、条件は同じだ。周りは知らない人ばかり。

 そんな中でも、ハルキは……


「……ねえ、一条寺さんこっちに手ぇ振ってない? 気のせい?」


 ふと、ハルキがこっちに向かって手を振った。

 その笑顔を向けられると、不覚にも心臓が高鳴ってしまう。体が熱くなる。


 今のは 、私に向かって手を振ったんだろうか。

 自惚れるわけではないけど、ハルキにとって知り合いは私だけだと思うし。


 ただ、手を振り返していいのかは、わからない。


「はぁー、それにしてもかっこいいわー。私生まれ変わるならあの顔になりたい」


「気が早すぎない?」


 蓮花の言うように、ハルキの顔立ちは整っている。美男とも、美女とも取れる中性的な顔。

 あれは、男女問わず虜にしてしまうだろう。


 それに加えて、男子との距離も近い。勘違いする人が出てきそうだ。


「ねーねー、キミたち二人でなにしてんの? 話さない?」


 ハルキを観察していたけど、そこへ声をかけてくる人がいた。

 クラスメイトの男子で、どこかちゃらそうに見えた。


「えっと……」


滝野 郷たきの ごう、よろしくぅ。

 恋上院 華怜れんじょういん かれんちゃんと高科 蓮花ちゃんだったよね」


「わ、すごいもう覚えてるんだ」


「もちろん。二人ともかわいいからねぇ」


 見た目と違わず、中身もちゃらそうだなぁ、この人。

 ま、蓮花はともかく私の名前は覚えやすいか。だって恋上院だよ恋上院。


 ちなみに、名前はすごい大金持ちっぽいけど家は普通に一般家庭だ。

 いつからだったか、どこかのお嬢様みたいだとからかわれることがあった。その日以来、この名字は嫌いだ。


「それに、恋上院なんてどっかのお姫様みたいじゃん。そりゃ覚えるって」


 ……あぁ、やっぱりそういうこと言うんだ。


 きっと、この人に悪気はないのだろう。

 ないからこそ……私は、そう言われるのが嫌だ。からかっている自覚のある人、自覚のない人……どっちでも、同じだ。


 私にとって、名字でとやかく言われるのは、もう慣れたけど……やっぱり、なんかやだ。


「ま、そうだよねぇ。それに比べて、滝野ってのは普通な名字だね?」


「ま、面白みはないわなー」


 そんな私の事情を知ってくれている蓮花が、助け舟を出してくれる。

 中学から一緒だから、私が名字のことでからかられるのを見てきた。そして、いつしか助けてくれるようになった。


 蓮花はすごいなぁ。私も、こんな風にさらっと受け流せたら。


「ね、せっかくだし連絡先交換しない? 今日は始業式だけだし、午後から暇じゃん?」


「あ、えと……」


 滝野は、スマホを取り出し連絡先交換を迫ってくる。

 悪気は、ない……ないんだろうけど。だからこそ、断りにくい。


 どうしよう……蓮花がやんわり断っても、諦めそうにない。


 ……同じクラスなんだし、連絡先くらいなら……

 と、考えたその時だった。


「おーい、カレン。さっきからなに無視してんだよ?」


 私の心臓を高鳴らせる、声が聞こえたのは。

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