昔遊んだ男の子と再会したが、実は女の子だった件 まさか私、女の子に恋しちゃってる!?

白い彗星

第一章 初恋相手との運命の再会

第1話 初恋というのは、とても特別なもので



 ――――――



 初恋の思い出というのは、誰にとっても特別なものだと思う。


 それは私、恋上院 華怜れんじょういん かれんにとっても同じこと。

 私がそれを『恋』という感情だと知ったのは、"彼"と別れてしばらく経った後だったけど。


 それはとても甘くて、とてもあったかくて……"彼"のことを考えるだけで、頭の中がいっぱいになる。体が熱くなる。幸せな気持ちになる。

 もう、十年も前のことなのに……あの日々のことは、鮮明に覚えている。


 それは、私が五歳の頃。



『ねえキミ、こないだ引っ越してきたんだって?』



 当時の私は、両親が転勤を繰り返していた。いわゆる転勤族というやつだ。

 引っ越しては、また引っ越す……その繰り返し。だから仲の良い子もおらず、作ろうとも思わなかった。

 その時も、一人だった。


 そんな時に、"彼"は現れた。



『そ、そうだけど……あなた、だれ?』


『ボク? ボクはハルキ。キミは?』


『……かれん』


『カレン! かわいい名前だね! おひめさまみたい!』



 茶色の髪を短く切りそろえ、Tシャツに短パンを履いた"彼"……ハルキは、活発な男の子と言う第一印象だった。

 そしてそれは、泥に汚れた服を見るに、間違っていなかったと思う。そんな姿で浮かべる無邪気な笑顔は、けれども眩しかった。


 この時の私は五歳ながら、人と仲良くするのを避けていた。

 だって、どうせ仲良くなっても、ここからいなくなって離れてしまうのだ。だったら、最初から仲良くしない方がいい。


 その気持ちを知るはずもないハルキは、座り込んでいた私に近づいてきた。



『はぇー、きれいな黒い髪だな。ちょっと触っても……って、汚れちまうか、あははは』


『……』



 それからハルキは、私に対して一方的に話しかけてきた。

 私が反応しなくても、めげることはなく。なんてうるさい子供なんだと、自分と同じくらいの年の子相手に思った。



『カレンはさ、いつもここにいるのか?』


『いつもってわけじゃ、ないけど……まあ、だいたいは』



 こうして、河川敷の端に座って、ぼんやりと川を眺める。それだけだ。

 お母さんは、まだ小さい弟と一緒にいる。……私だって、一人は寂しいんだけどな。



『そっか。じゃ、明日また来るから!』


『え……ちょっと、それは……』


『じゃーなー、また明日ー!』


『ちょっとー!?』



 ……これが、ハルキとの出会いだった。


 そして、本当にハルキは次の日も……その次の日も、また次の日も来た。

 私がいくらつまらなさそうにしていても、何度も何度も話しかけてくれる。遊びに引っ張ってくれる。

 そんな子、いなかった。私がつまらなさそうにすれば、みんな離れていったから。


 ハルキ以外にも、同年代の子はいた。その子たちと仲良く出来たのも、ハルキのおかげだ。"彼"がいなければ、みんな私には近づかなかっただろう。私だって歩み寄ろうとしなかった。

 次第に私も心を開いて、みんなと遊ぶようになった……


 ……でも、結局その町で過ごしたのは一年にも満たなかった。やっぱり、仲良くなった子と離れ離れになってしまう。でも、不思議とみんなと仲良くなったことに後悔はなかった。

 両親の転勤により、私もまたその町を離れることになって……


 ハルキとはその日以来、会うことはなかった。



 ――――――



 私は恋心というものを自覚してから、自分磨きをした。

 肌も、髪も、服装だって気を遣って。より女の子っぽくなろうと思った。見せたい相手なんて、一人しかいないのに……その一人は、どこにもいないのに。


 "彼"は、頭のいい子が好きだろうか。だからいっぱい勉強した。おかげで、学年での成績はいつも上位だ。

 "彼"は、運動神経のいい子が好きだろうか。だからいっぱい体を鍛えた。おかげで、男子にも負けないくらい運動神経はよくなった。



『恋上院 華怜は優等生』



 みんなからそう言われるようになっても、私の心は満たされない。

 この気持ちを満たしてくれるのは、きっと一人しかいない。

 誰にそんなことを言われても……望んでいるのは、たった一人からの何気ない言葉。


 高校入学を機に、私は一人暮らしを始めた。

 高校生になったのだし、もう一人立ちできる年だからと、両親を説得した。おかげで、もう転勤する心配はなくなった。

 それから、中学で仲良くなった子と、一緒の高校に合格した。


 私の事情を知っている友達は、転校することはなくなったのだから思い切り高校生活を満喫しよう、と言ってくれた。

 それでも、私の心の中はもやもやしていた。その根底には……もう十年も経つ初恋のことが、忘れられないのだ。


 もしも"彼"と同じ学校で学生生活を送れたら、どれだけ幸せだろう……そう思っていた。

 もしも"彼"と……ハルキと再会するようなことがあったら……そんな奇跡があったら、私はこの気持ちを伝えよう。そう、思っていたんだ。



『は、ハルキ……!?』



 ……それは、本当に奇跡だったのだろうか。十年経っていても、忘れることはなかった。

 あの頃とは体つきも、背丈も違うのに……後ろ姿だって、私にはそれがハルキだとわかった。


 私の言葉に…………振り向いた。その瞬間、もう一つ重要なことがわかってしまった。



『……あれ、もしかしてカレン、か?』


『……ぁ?』



 間違いなく、振り返ったのはハルキ。それに、私の名前を呼んだ。あぁ、ハルキの声だ。

 ハルキも、私のことを覚えてくれていた……嬉しいはずなのに、私の頭の中は困惑でいっぱいだった。なんでここに居るのか……そんなこと、問題にならないくらいに。


 ……そう。私の初恋は……いやきっと誰にとっても初恋というのは、とても特別なもので。

 この気持ちをぶつけることができて、もし成功することがあったら天にも昇る気分だろう。失敗しても、それはたとえ苦しくても、努力してきた今日までの日々は決して無駄にはならない。

 そう、思っていたんだ。


 ……なのに……



『うわぁ、本当にカレン? 懐かしいなぁ!』



 再会した、初恋の人は……サラサラの茶色の髪を切りそろえていて、背が高くて、明るい声をしていて。惚れ惚れするような笑顔で。

 かっこいいと、思った。なんて素敵になっているんだろうと、思った。


 私の理想像……と言ったら大げさかもしれないけど、でもそこにいたんだ。"彼"が……

 ……いや……"彼"じゃ、なかった。


 だって、"彼"だと思っていたその人の胸には…………その人が女の子だと主張するような、二つのお山がついていたのだ。



『……女、の子………?』



 私が初恋を捧げた、男の子……十年の時を経て、ついに再会した初恋の子。ここだけ聞り取れば、なんてロマンティックな展開だろうと思う。

 でも、男の子だと思っていたその人は……実は女の子だったのだ。


 唖然とする私……

 しかも、困ったことに……"彼女"を見てドキドキするこの気持ちは、全然収まってくれない。むしろ……


 

『や、久しぶり! 元気してた?』


『……っ』



 どうしようもないくらいに、高まっていた。

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