第15話 世良田二郎三郎、まぐわう

 郡宗保と荒木村重の娘、華のつてを頼り、二郎三郎は荒木一族や荒木家臣団の吸収に奔走していた。


 その結果、池田知正や荒木元清、荒木村次など多くの荒木方の武将を召し抱えることに成功した。


 また、彼らが持つ畿内での人脈を生かし、水軍衆を組織すると、さっそく堺から浜松、小田原を結ぶ航路を敷き、東国の品を堺で扱うようにする土壌を整えた。


 また、それと同時に毛利や長宗我部、島津や大友といった西国の有力大名とも交渉を始め、西国での販路拡大は時間の問題と言えた。


 諸大名とのやり取りや本願寺への密輸を終え、ひと仕事終えた二郎三郎が床につこうとすると、不意に部屋の襖が開かれた。


「誰かと思ったら、荒木殿の娘じゃねぇか。どうした、こんな夜中に」


「その……」


 華がもじもじと身体を動かす。


 こんな夜中に異性の部屋を訪れるなど、用件は一つしかない。


 二郎三郎もそれがわからないほど野暮ではないが、あえて口に出すようなことはしなかった。


「……なあ」


「はい?」


「そんなところにいたら寒いだろ。入ったらどうだ」


「そ、そうですね……」


 華が部屋へ入ると、もじもじと襖を閉める。


「この度は、本当にありがとうございました。わたくしを匿って頂けたばかりか、一族の者まで面倒を見てくださるなんて……」


「気にするな。困ってるやつを助けるのに理由なんかいらねぇよ」


「ですが、わたくしは本当に感謝しているのです。本当に……」


 行燈の灯りに照らされた華の顔がほんのりと紅くになっているのがわかる。


「命を狙われ、頼るあてのなかったわたくしを、二郎三郎様は何も言わずに匿ってくださいました。その心意気に、どれだけ救われたことか……」


「……………………」


「……正室にしてくれなどとおこがましいことは言いません。ですので、その……わたくしを二郎三郎様の側室にして頂けないでしょうか」


 一世一代の告白をする華。彼女の緊張が、二郎三郎にも伝わってくる。


 二郎三郎の沈黙を悪い方に解釈したのか、華が慌てて言い直した。


「もちろん無理なようでしたら、妾でも構いません。わたくしを、あなたのお側に置いて欲しいのです」


 華の真剣な想いがひしひしと伝わってくる。


 彼女の真摯な想いに応えるには、こちらも誠意をもって筋を通さねば。


「……実は、俺には既に正室がいる」


「そう、ですか……」


 二郎三郎の返答に、華の声が沈む。


「仕方ないですよね。二郎三郎様ほどの方であれば、正室くらい居ても不思議ではありませんよね」


「いるっていっても、死に別れたみてぇなもんさ。実質、今の俺は独り身みてぇなもんだしな。……が、だからって全部飲み込めるほど割り切れていねぇ。お袋大事な人が死んでいるんだからな……」


 松平信康が死んだことになっている今、徳姫との関係も強制的に破談になっている可能性は高い。


 しかし、それは状況証拠でそうなっているだけであって、二郎三郎自身、ケジメを通したわけでも筋を通したわけでもないため、宙に浮いた状態になってしまっている。


 この問題を片付けないことには、新たな正室はおろか側室も迎えられない。


 二郎三郎はそのように考えていた。


「そんな……申し訳ありません。そのような辛いことがあったなどつゆ知らず、わたくしったらなんてことを……」


「いいさ、遅かれ早かれ向き直らなきゃいけねぇんだ。……それに、俺のひとり相撲みてぇなもんだしな」


 力なく自嘲する二郎三郎。そんな二郎三郎を抱き寄せ、華が自身の胸に導く。


「わたくしでは、あなたの大事な人の代わりにはなれないかもしれません。……ですが、今だけは、わたくしをその方だと思っても良いのですよ?」


 二郎三郎の頭を抱えるように抱きしめ、頭を撫でる華。


(お袋の代わり、だと……?)


 今さら母に甘える歳でもない。


 それでも、華の優しさが二郎三郎の心に染みた。


 理屈じゃなく、心でその優しさに応えたいと思った。


 無理やり顔をあげると、不意打ち気味に唇を奪い、その場に押し倒す。


「代わりなんて、お前に失礼だろ。……俺は俺の意思で華、お前を抱く」


「はい……」


 どちらともなく瞳を閉じると、再び唇を重ね合わせる。


 こうして、眠れぬ夜が更けていくのだった。







 行為が終わり、二郎三郎の体温を肌で感じていると、華は先ほどの話を頭の中で反芻していた。


(まさか、二郎三郎様に死に別れた正室がおられたなんて……。きっと、今でもその方のことが心に残っているに違いないわ)


 二郎三郎は『死に別れた』、『大事な人が死んだ』と言っていた。すなわち、彼の正室は既にこの世にはいないということなのだろう。


(死してなお二郎三郎様の心で生き続けているなんて、羨ましい……)


 まだ見ぬ正室のことを恨めしく思う華。


 彼女が真実を知るのは、そう遠くない話なのだった。

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