商人編

第5話 世良田二郎三郎、商人になる

 日本最大の商業都市、堺。


 瀬戸内と都を結ぶ玄関口として古くから栄えてきたこの町では、南蛮貿易により多くの富がもたらされていた。


 行き交う人々にも笑顔が溢れており、戦国の世にあるまじき平穏を謳歌していた。


 辺りを眺め、二郎三郎がぽつりとつぶやく。


「これが堺……どこを見渡しても人ばかりだ。日ノ本一商いが盛んな町というだけのことはあるな」


「それより殿、なにゆえ商人になるなどと仰せになるのですか。殿ほどの方なら、どんな大名家にも仕官できるでしょうに……」


「言ったろ、己の力でどこまで成り上がれるか試してみたいと」


「ですが……」


 なおも難色を示す永井直勝に、二郎三郎が言った。


「いいか、大名ってのは、土地を支配し領民から税を取ってまつりごとを行なう。……その点、商人あきんどは物の流れや金の流れを支配して銭を取るもんだ。……言うなれば、土地を持たぬ大名のようなものよ」


「はぁ……」


 永井直勝がわかるようなわからないような顔で頷く。


「百地殿から貰った銭があるからな。……こいつを軍資金に、一山当てようぜ」


 商人とは思えない賭博師のような言葉に、永井直勝が嘆息するのだった。







 手始めに、二郎三郎らは堺での拠点となる長屋を借りると、商売の糸口を探るべく、市場調査を開始した。


「手元の銭は50貫……こいつで稼げりゃいいんだが……っと、なあ、そこのあんた」


「ん?」


 二郎三郎に呼び止められた町人が振り返る。


「随分大荷物だな。何を運んでるんだ?」


「見てわかるやろ、米を運んどるんや。なんでも、織田家の佐久間信盛様が石山本願寺攻めをされとるんで、米が飛ぶように売れとるんや」


 町人の話で思い出した。


 そうだ、たしか織田家では元亀元年(1570年)から天正7年(1579年)の今に至るまで、本願寺攻めをしている真っ最中ではないか。


 9年も包囲していれば、米も足りなくなっているというもの。それを堺の商人たちに手配させているとなれば、なるほど、これは大きな銭を産むだろう。


「いいこと聞いた。ありがとな」


 二郎三郎が踵を返すと、町人が呼び止めた。


「待ちや、兄ちゃん。あんた米を商うつもりなんか?」


「そのつもりだが、どうかしたのか?」


「悪いことは言わん。やめといた方がいいで」


「なんでだ。飛ぶように売れてるんだろ?」


「せやで」


「だったら……」


「ごっつ儲かるシノギやさかい、銭持っとる大きな商家が全部牛耳っとんねん。せやから、わてらは大きな商家の注文を受けて、せっせと米を運んで小銭を稼いでいるっちゅーわけや」


「そういうことか……」


 佐久間信盛にしても、大量の米を確保できるつてと金を持った大きな商家を相手にした方が都合がよく、商家にしてみても確実に利益の見込める商いなだけに、弱小商人を利用して利益を掠める、というわけか。


 流石は商人の町、堺。金が金を生むとはよく言ったものだ。







 ある程度情報を集め永井直勝と合流するも、直勝から得られた情報も同じようなものだった。


「わかってはおりましたが、やはり美味い話というのは転がっていないものですな……」


 早くも諦め気味な永井直勝を尻目に、二郎三郎が「うーん」と唸る。


「なーんか、出そうで出ない感じがするんだよなぁ。ここまで出かかってる感じがするんだが……」


「殿……まだ商人になろうというのですか? 殿ほどの方ならば仕官も思いのままだというのに……。第一、いるわけがないでしょう、大商人を差し置いて我らから直接米を買ってくれる者など……。それこそ、大商人に見向きもされないか、よほど米を欲してる者くらいしか……」


「それだ!」


 突然大声を出す二郎三郎に、永井直勝がビクッとした。


「なっ、どうされたのですか、急に大きな声を出して……」


「……あったぜ。起死回生の手が」


 二郎三郎が悪そうな笑みを浮かべ、その策を語った。


「俺たちも米を売ろう」


 一瞬、二郎三郎の勢いに飲まれそうになるも、すぐに永井直勝が首を振る。


「いやいや……佐久間信盛の軍には既に大きな商家が米を卸していますし、つてもない我らでは門前払いされてしまいましょう。……第一、殿は既に死んだことになっている身……。何かの拍子に生きてると知れては、ことにございますぞ」


「誰が佐久間信盛に売ると言った。……いるだろ。佐久間信盛と戦ってる、日本一の大金持ちが」


 日本一の大金持ちと聞いて、永井直勝の中である組織の名が浮上した。


「まさか……」


「俺たちは本願寺に米を売る」






__________________________


あとがき


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