第3話 世良田二郎三郎、勝負する
大軍を擁する織田軍を相手となるため、伊賀衆にとれる作戦は限られていた。
まずは各村々の城や砦に立て籠もり、織田軍を迎え撃つ。
その後、ある程度織田軍が分散したところで伏兵を用いて各軍を分断していき、各個撃破していく、というものだった。
「……で、俺たちは伏兵となって織田軍を分断すりゃいいってわけだな」
服部半蔵が頷く。
「砦に籠る者もおりますゆえ、こちらに割ける兵は50ほど……吹けば飛ぶような数ゆえ、しくじれば織田軍に挟み撃ちされる恐れがあります。ここは気を引き締めねば……」
「なんだ、見覚えのない者がおるかと思ったら、お主が余所者の二郎三郎とかいうやつか?」
声のした方を見ると、体格の良い男がこちらを舐めまわすように見ていた。
「ああ。俺が世良田二郎三郎だ。……そういうあんたはナニモンだ?」
「オレは石川五右衛門。……まったく……こんな大事な時に得体の知れない者が紛れ込むとは……。いったいどんな手を使ったんだ? この流れ者風情が」
吐き捨てるように言う石川五右衛門。見れば、他の伊賀衆もまた、世良田二郎三郎らに対して興味半分、不信半分といった様子でこちらの様子を覗っていた。
無理もない。伊賀軍の者は皆、伊賀に根を張る地元民。急に現れた余所者となれば、皆の注目を集めるのは無理もない話だった。
周囲を警戒しながら永井直勝が密かに耳打ちする。
「……あのような者に関わってはこちらが損をするだけ。場所を変えましょう、殿…………殿!?」
見れば、先ほど耳打ちをしていたはずの二郎三郎が石川五右衛門のところに行き、
「なあ、石川殿。俺と勝負しよう」
「……勝負?」
「俺とあんた、どっちが織田軍の首を多く上げるか、競争するのさ」
突拍子もない申し出に面食らうも、石川五右衛門はすぐに笑みを浮かべた。
「……面白れェ。伊賀流忍者の上忍であるこのオレに挑むたァ、いい度胸だ」
「忍者!?」
驚く永井直勝に、服部半蔵が説明をした。
「伊賀は忍びの里ゆえ、多くの者が忍術を扱えまする。……中でも、上忍となれば相当な腕前……拙者でも勝てるかどうか……」
「そういうことよ。……上忍のオレに勝負を挑むたァ、運がなかったな、余所者!」
「いいねぇ、楽しくなってきた」
「は?」
呆ける石川五右衛門をよそに、世良田二郎三郎が走り出した。
「あっ、おい!」
見れば、他の伊賀兵も戦闘を開始していた。どうやら織田軍を分断するべく、合図が出ていたらしい。
遅れて石川五右衛門も戦闘に参加する。
「てめェ……勇み足たァいい度胸じゃねェか」
「なんだ、よーいどんが必要だったのか?」
「抜かせ!」
織田の兵にクナイで斬りかかると、返す刀で別の兵に斬りかかる。クナイによる近接攻撃に手裏剣による遠距離攻撃を織り交ぜた戦い方。
上忍を名乗るだけに、石川五右衛門の動きは洗練されていた。
「やるなぁ、あいつ。……俺も負けてられねぇ!」
二郎三郎が身の丈ほどはあろう太刀を振り回し、文字通り大立ち回りを演じる。
「ちょっ……前へ出すぎです、殿!」
槍を構えた永井直勝が二郎三郎の後を追う。
力任せに敵兵を斬り伏せなぎ倒していく二郎三郎と、二郎三郎の隙間から槍を奮う永井直勝。
元より武勇に秀でた二人が敵兵を吹き飛ばすたびに、伊賀衆の注目が集まった。
「すげぇ……」
「織田兵が、ゴミみたいに倒されてく……」
「こりゃあ、あるかもしれねぇぞ、余所者が五右衛門に勝つのも……!」
「……っ!」
二郎三郎に感嘆の声を漏らす伊賀兵に対し、石川五右衛門が声を張り上げた。
「おめェら! 恥ずかしくねェのか! この伊賀を守ろうってのに、他国の流れ者に後れをとって! オレたちが生まれ育った伊賀は、オレたちの手で守る……そうだろ!?」
「おお……!」
「五右衛門の言う通りだ! 余所者の力を借りて勝ったんじゃあ、笑われちまう!」
「伊賀の地は、俺たちの手で守らねぇとな!」
奮起した伊賀兵が次々と敵兵をなぎ倒していく。
その様子を見て、二郎三郎が笑みを溢した。
(石川殿の激励で全員の動きが良くなった。……いいねぇ、やっぱり戦はこうでなくちゃな!)
◇
その頃、織田信雄率いる織田軍本隊は、城攻めを始めていた。
伊賀が狭い山がちな土地とはいえ、元よりこちらは圧倒的な兵力を擁している。この戦、勝つのは時間の問題と言えた。
「なあなあ、この城、どうやって攻めればいいと思う?」
食い気味に尋ねる織田信雄に対し、家老である滝川雄利が少し考えて答えた。
「ふむ……これしきの城であれば、兵数の有利を生かし、力攻めがよろしいかと」
「あ~、ダメダメ。全然わかってないよ、ちみ。この城はね、包囲が正解」
「ほ、包囲、にございますか……?」
織田信雄の答えに滝川雄利が困惑した。
元より、こちらは大軍を擁している。本国である伊勢から輸送できるとはいえ、これだけの兵を養うとなれば莫大な米が必要となるだろう。
それならば、少しでも食い扶持を減らすため……もとい、短期決戦で城を落とすため、力攻め以外の選択肢は考えられない。
また、伊賀は小豪族の乱立する小国ゆえ、武威を見せることで臣従することも考えられる。そのため、前哨戦であるこの戦いは織田軍の力を派手に見せてやる必要があるのだ。
それなのに、包囲、と言ったのか、このバカ殿は。
「……お言葉ですが、やはりここは力攻めがよろしいかと」
「なんだ、このおれのやり方に文句があるのか?」
「い、いえ、そのようなことは……」
織田信雄に詰め寄られ、滝川雄利が慌ててその場を取り繕う。
「世間じゃあ、おれのことをバカだのうつけだの言ってるが、親父だって若い頃はうつけと呼ばれてたんだ。……ってことは、おれだって親父に負けないくらいの軍才はあるってことさ」
織田信雄が自信満々に続ける。
「うちに敵対する連中には悪いけど、今回の戦で開花しちゃうかもな、おれの才能が。そしたら実質親父二人分だもんな、うちの戦力。ったく、楽じゃないよな~、天才ってのは。頭いいと人より多く働かされるんだもん。……まあ、その点おれくらい頭いいと、うつけのふりして楽できるんだけど……」
と、織田信雄の話を遮るように、伝令の者が駆け足で陣にやってきた。
「申し上げます! 突如現れた伏兵が、我々の後方で暴れまわっております! 城攻めを行なっている他の軍とも連絡がつかず、孤立してしまい申した!」
「なんだと!?」
「孤立……!? 孤立していると言ったのか!? おれの軍が!?」
動揺する織田信雄をよそに、滝川雄利がすぐさま策を練り直す。
おそらくは、他に城攻めを行なっている各軍と連絡を遮断し、各個撃破するつもりなのだろう。
それならば、城攻めに回しているいくつかの兵を伏兵狩りに割り当てれば……
「すぐに伊勢に退くぞ!」
「は!?」
突如下された撤退命令に、信雄の家臣たちに動揺が走った。
「お、お待ちください! 所詮は伏兵、ものの数ではありませぬ。すぐに伏兵狩りの兵を用意すれば……」
「甘い! 甘すぎるぞ、雄利! 戦というのは決断の遅さが命取りとなるのだ。ここは傷の浅いうちに撤退し、再起を図るべきなのだ!」
「しかし……」
「はい、決断遅い。今お前三回死んだ~」
「殿!」
茶化す信雄を諫めようとした滝川雄利に、信雄が低い声で言った。
「それともあれか? 織田信長の息子を討ち死にさせて、生きて帰れると思ってんのか?」
「……っ!」
信雄の脅しに、信雄の家臣たちが戦慄した。
この織田信雄という男は腐っても信長の息子なのだ。万が一にも死なせてしまえば、監督責任を問われることは間違いない。たとえそれが信雄が蒔いた種だとしても、首を切られるのは我々家臣たちなのだ。
失望。無力感。怒り。諦め。
それらの感情を呑み込み、滝川雄利は吐き出すように言った。
「…………全軍、撤退するぞ」
◇
織田信雄率いる本隊が撤退を開始すると、それに釣られて城攻めをしていた他の軍も撤退が始まった。
我先にと伊勢路口に殺到する織田軍に対し、城から打って出た伊賀軍による執拗な追撃が始まった。
地元という慣れ親しんだ土地に加え、狭い山道という利点を生かした伊賀軍の追撃により、織田信雄軍は死傷者1000人を超える大損害を出すに至ったのだった。
織田軍を退け、伊賀の民たちが戦勝気分に包まれている中、石川五右衛門は敗北感を感じていた。
今回は早々に撤退した織田軍を追撃できたこともあり、多くの者を討ち取ることができた。
にもかかわらず、二郎三郎はというと、石川五右衛門を優に上回る数の兵を討ち取っていたのだ。
完敗だった。間違いなく。
皆には伊賀の地は自分たちの手で守るなどと抜かしておきながら、伊勢路口での戦功第一は二郎三郎に持っていかれたのだ。
「情けねェ……」
忍者としての腕前だとか、地の利だとか、そういうのをすべてひっくるめて、二郎三郎という男の武の前に敗北したのだ。
自信満々で勝負に乗っておきながら、このザマだ。カッコ悪いことこの上ない。
(ったく……オレはどんなツラ下げてあいつに会えばいいんだよ)
そんなことを考えていると、石川五右衛門は最も会いたくない人物に遭遇した。
「お、石川殿。ちょうど探してたんだ」
「……ちっ」
石川五右衛門が顔を背ける。
わかっている。どうせ勝負のことだろう。……もっとも、結果はわかりきっているが。
「この勝負……俺の負けだ」
「…………いま何つった?」
思いもよらない言葉に、石川五右衛門が耳を疑った。
「どういうことだ! おめェ、10や20は斬ってたはずだろ!」
「それが……楽しくなりすぎて、10を超えたあたりから数えるの忘れちまった。だから、この勝負はお前の勝ちだ」
「ふざけるな! そんな勝ちを譲って貰って、このオレが納得すると思ってんのか!」
「そう言われてもなぁ……しょうがねぇだろ、数えるの忘れちまったんだから」
何てことのないように笑う二郎三郎。
なんだ、これは。つまらないことで悩んでいた自分がバカみたいではないか。
「この……戦バカ!」
「へへっ、そんなに褒めるなよ」
「褒めてねェよ!」
バカと言われて無邪気に喜ぶ二郎三郎を見て、石川五右衛門の中で何かが腑に落ちた。
百地三太夫が参陣を認めた理由も、今ならばわかる気がする。
(このバカ見てると、いつか何かデカいことをやるんじゃねェか……。そんな気がしてならねェ……。師匠がコイツに賭けたくなるわけだぜ)
いつの日か、自分も何か大きなことをやろう。この男に負けないだけの、何か大きなことを……
そう思う、石川五右衛門なのだった。
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