第4話
手帳に何度か線を引き、何事かを書き加え、少し手を止めてため息をつく。
開発日程の修正を何度か試みたもの、その無謀さを再確認しただけであった。
部下の抱える他項目の手を止め、起動実験に注力させても明らかに人工が足りない。
そもそも自身の立てた日程を再三見直されたうえでの開発日程だったのだ。と士郎は振り返る。常識的なマネジメント能力を持つものであれば少しなりともバッファを抱える。それを吐き出すことになったのは、他でもない上司のたまものである。
士郎からの上司に対する評価は、上に従い下に厳しい、典型的なクソ上司と呼ばれるものであった。上位からの指令には従うが、部下からの提案はすべてはねつける。ではなぜその上司が今のポジションたりえたかといえば、嗅覚が鋭い。その言葉に尽きるように感じた。
例えば士郎の業務に対して無茶苦茶な要求や突然の路線変更、あるいは報告当日での情報の隠蔽。これら全てが後になって伏線であると気が付くことが度々あった。これが上司の持つ能力にして、天才的な危機回避能力であると評価することが出来た。
小物であるが故の能力ではあるが、その能力はこの会社においていかんなく発揮され、虎の尾を踏まぬが内に士郎の所属する第4開発部 部長の座に君臨していた。
士郎は手帳を閉じて胸ポケットにしまい込んだ。すでに日程を守ることは放棄する構えであり、ではいかに遅れる言い訳を作るかということに思いを巡らせた。
ぼんやりと目線を上げたところで、奇妙なことに気が付いた。
見慣れない服装―旧時代の―確か袴だったはずだ。
現代においては和服はほぼ見られない。唯一の例外を除いて、もはや検索エンジンの中にしか存在しない代物だった。唯一の例外は超鋼機零号機起動実験の際に目撃した"司令"と呼ばれていた人物だ。当時直接目にするのは初めてだったが、この組織、会社のトップである国重司令だとみて間違いなかった。
しかし目の前にいる少年は非常に若く、18歳程度である顔つきをしていた。
どことなく芯の細い感じを受けるが、何か覚悟をしているように感じられた。
士郎の目線を感じてか、少年の目がこちらを向いた。
目を見て士郎は直感する "こいつは国重司令の身内だ"。
少し目線が交差したのち、フイと向こうから目線をそらした。
なぜだか助かったと感じてしまう自分に情けなさを感じていたが、深い反省に入る前に車内に機械音でアナウンスが響いた。
「次は終点―遠江守開発機構エントランスです」
座席から立ち上がり、ドアの前で開くのを待った。
軽い気圧の変化を感じながら、ドアが開いた。この地点で地下深い為ゆっくりと社内から地下に向かって風が流れるのを肌で感じた。
車両から降り、ドアが閉まった。
終点を表示していた車両の表示が切り替わる。終点―"遠江守開発機構"からぱらぱらとページが倒れこみ、左から順に記載が変わった。"特:一課"
まだ少年は車両に乗っていた。
やはりな、と思ったが詮索不要である。
時折終点から先に乗ってく者たちがいることを士郎は知っていたが、
深入りするつもりはなかった。
エントランスに向けて歩き出し、もう一度ため息をつくことにした。
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