外伝 最初の叛逆者


——死者は決して蘇らない。蘇ったとしてもそれは限りなくその人物に似ている…他人だ。


流石…『冥神』パティス様だ!!!


わたしが誕生した時…すぐに悟った。この権能はどの神と比べてもあまりにも異質だと。


…この方がいれば神は永遠に不滅だ。有難い…


違う…死がない生命の果ては魂の腐敗だ。それは永遠の時を生きれる神も例外ではなく…無論初めから死の概念がない私もそれに含まれる。


生きとし生きる者が死ぬからこそ初めて、その生の意味を理解し実感する事が出来る。


死は断じて別れではない。血肉も魂も信念もたとえ繋がっていなくても引き継がれ…語られていく事で、永遠にその魂に刻まれていく。



「きゃぁぁぁぁあーーー!!!」



歪な生命を…この停滞を正し、本来あるべき姿へと戻す。



「くっ、乱心しておられる…誰か止めろ!!!!」



そうして巡り巡って、転生してこの世界に再度蘇る…これこそが真理。生命の循環。



「パティス様…どうし…」



それが…誕生した意味で、わたしにしか出来ない役割だ。


青い炎が燃え盛る中、引きちぎった神の頭部だったものを丁寧に地面に置き、祈りを捧げてからゆっくりと白亜の城へ向かって歩く。


死者に安らぎを。生者には闘争を。


この歪みきったこの世界を…わたしが正そう。


……



白亜の城に神々が避難する中、4人の『大神』が玉座に集められていた。



ククク。こうして集めた理由は分かっているのだろう?



「…煩いわ。妾の視界に入らないで頂戴な。」


「自信作を描いてた途中に召集されちゃったからって拗ねないで、スマイル♪スマイル…ってね☆」


「おいおい、自信作なんてぶっ壊し甲斐がありそうな響きじゃねえか!後で見に行こうぜ〜」


「…もし妾の館に来たら殺すから。それとユティは何処からそれを見ていたのかしら?」


「〜〜♪」


ユティは口笛を吹き、バリラは嫌そうに眉を顰め、レレアは破壊衝動のままに、玉座に置いてあった調度品を片っ端から叩き割っていた。


(こうして集まると…話が進まないな。)


「…あの日和見主義がいないって事は、もう裏切り者の処理に向かったって事でしょ?帰りたいんですけど。」


バリラにキッと睨まれて、アタシは苦笑した。



『大神』として事が終わるまでは、避難している他の神を守る義務がある。それが力ある者の責務だ。違うかね?



「…しんど。」


「まっ、ゆるゆる待ってようよ〜カオスちんならすぐ終わらせて戻ってくるだろうからさ♪」


「まだまだあるなぁ…オラオラぁ!!全部…全部!!壊れちまえぇえーー!!!」


ユティはそう言っているが、どうにも…胸騒ぎがする。アタシも増援としてそちらに向かうべきだろうか。クク。無論否だ…アタシは仲間の判断を信じよう。


アタシではなくパティスの親友であるカオスであれば止められるかもしれないから。そう思いながら窓から雨が強く降るのを見て不敵に笑っていると、バリラにヒールで思い切り足を強く踏まれて絶叫した。


……


「どうして。」


雨が激しく降る中、 23度目の問いかけを無視して、わたしは涙を流すカオスに殴りかかる。


「…なんで?」


殺そうとしても全く当たらずに、空を切るのも…これで、68度目か。


「もう…やめて。◾️は貴女を…裁きたくない…」


既に、52587柱の『天界』の神々を輪廻に返した…あちらから見れば悪でしかないのに。


「…お願い……その拳を降ろして。貴女が権能を行使すれば…まだ取り返しがつく…だから!!」


それでも。わたしは…止まらない。2度と死者は蘇らせないしこの信念も…魂も無理やり捻じ曲げはしない。


「…は、待っ…」


逃げ遅れた神の背中に蹴りを放ち、臓物をぶちまけながら、青い炎で焼かれて…消えてゆく。


「…嫌……嫌ぁ…」


虹色の瞳を目一杯に開き、必死で押さえ込もうとするが…すぐに冷たい無表情になり茶髪から黒髪に変わると、雨雲は影も形もなく消え、空は青く澄み渡り太陽が顔を出した。



———死罪ごきげんよう粛清さようなら



青い炎を纏った拳が当たる前に、痛みも感じないまま、わたしの意識が途切れた。


……



気がつけば暗闇の中にいた。


記憶が朧げだが、死んではいない。五感もちゃんと存在している。ただ身動きが取りずらいだけで。


外からは様々な悲鳴…命を蹂躙し、魂を穢し弱者が強者に蹂躙される音が聞こえる中…小さくも、1人のか細い声が聞こえた。



……助けて。



私は力ずくでこじ開けると案外あっさりと出られて…暗闇に慣れていた所為か太陽光に目を細めた。


「…おい、墓から出てきやがったぞ!?」


「何者だ!!」


人間。その服装からして、盗賊の類…なのだろう。


「私を呼んだのは、君か?」


「あ、あのっ…」


広がる農地や素朴な家々といい、そのボロボロの服装…この村に住んでいる娘といった所か。


「あ…ぎゃぁぁぁぁあ!?!?!?」


「怖がる必要はない。ただ彼を輪廻の枠組みへ戻しただけだ。次はよりよい生命として生まれ変わらせる為に。」


「…で、でも…人が、」


「…全ての命は皆平等だ。強い弱いなんて関係ない。何故なら、どんな種族でも最後に来るのは…死だからだ。」


逃げようとした盗賊を青い炎で存在ごと蒐集した後、娘を見た。


「…後は自由に生きろ。それとも…生まれ直したいか?」


「…う、うぅ…」


涙は…魂から零れ落ちた想い。ああそうか。ようやく思い出した。私はカオスに…今は感傷はいらない。それは生者がするべき事だ。


「…娘。武器を取れ。」


「……ぇ。」


私は、落ちていた先端が尖った細長い黒い石を娘に渡した。


「家族も、友達も…恋人もいないのに。この先どう生きていこうとかも分かってないのに、これで死ねと言ってるのですか?」


「死ぬのならそれでいい。だがこの場で死ねば娘の魂に刻まれた家族や友人、恋人とやらの記憶が…この世界から無慈悲に全て無くなってしまう事を忘れるな。」


「……っ。」


「他者に甘えるな。生きる意志、不屈の信念がある限り彼らは皆、側にいてくれる。だから独りではない。大いに悩み…大いに励め。そして語り継ぐんだ…そんな奴らがいたと。それが生者の役目だ。」


石をギュッと握った娘の翡翠色の瞳を見て、私は満足してその側を通り過ぎる。


「私っ、私…ロネって言います。あなたの名前を…教えてくれませんか?」


「…死者に名は必要ない。が…生者だった頃は、パティスと呼ばれていた。」


「パティスさん…私、絶対に忘れませんから!!」


ここから遥か先の未来…『異世界スンアム』において、最大の国家であるクレス王国の基盤を築く事になる…先祖とのこれが最初で最後の邂逅となった。


……



輪廻に帰り、記憶も全てを洗い流される前に家族と共に語り合ったり、友人とあんな事があったと笑い合える居場所を作る事。それが親友に殺されて生者ではなくなった死者としての私の役目であり、この世界にはそんな居場所がない以上、出て行くと。娘…ロネと話をしていた時点でもう私は決めていた。


「………え、えっとさ…だからって、私の所に来ちゃうんだ!?また、カオスちんに滅ぼされちゃうかもしれないのに…てか、生きてたんかいっ!!」


「……」


私は今…『天界』の辺境にある『創造神』のほったて小屋にやって来ていた。


「茶番をしに来た訳ではない。それとも…輪廻に戻りたいか?」


「……わ、分かったよ。パテパテちゃん…だからそんな目で私を見ないでよぉ〜そそいのほいっと。はい…外に創っといたから、それで行けると思うよ♪」


「…助かる。いずれこの恩は返そう。私の魂…輪廻へ消えていった者達に誓って。」


「う、うん…好き好んで消えて逝った訳じゃないと私、思うなぁ〜あはは…」


扉を開けて出ていく前に『創造神』は言った。


「ほんとに、カオスちんに挨拶しなくて…いいの?あの後…というか大体1000年前にさ廃人…廃神かな?何度も自傷行為を繰り返しちゃって幼児退行してるんだよね。今はカオスちんが連れて来たエクレールっていうひ…神が代理で頑張ってるんだけど、君ならきっと…救え、」


「救わない。私は既に死者…言葉はかけられない。だが遺書ならある…それを持っていけ。」


そう言うと何故か『創造神』は若干、顔を引き攣らせていた。


「へぇ…神様なのに、遺書なんて用意してるんだ。」


「当然だ。私の部屋の2段目の棚の右奥。そこにある箱を髑髏を正面に4度、私の部屋の机で転がせば、地下へ続く階段が寝室に現れる。それから地下444階層に続く迷宮を踏破して道中に出てきた様々な絵柄の数で最終層の暗号を解き48時間…休憩なしでその場で踊り続けられたら、そこから8時間の間。私の部屋の机の引き出しの鍵は解除され…そこに遺書が入っている。」


「ふ……ふぇ?」


「さらばだ。」


「ち、ちょっと待って!!結局遺書は、パテパテちゃんの机の引き出しにあるんだよね!?てか、最終層の暗号解くのとか、その場で踊るんならやる必要も意味もないんじゃ」


…ガチャン


外に出ると『創造神』が創ったらしい…細長い鉛色の巨大な何かが置かれていた。近づくと、勝手に扉が開き…少しだけ驚きながらも、その中に入った。


【ベルトをつけ…なくてもいっか☆神様なんだし♪♪じゃ、カウントダウンいっくよー!!】


扉が勝手に閉まり、『創造神』のうるさい音声がピコピコと再生される。


【10…9…8……】


丸い窓から外を見ると、『創造神』と誰かが話をしていて…その側にいた彼女と目があった。


「…カオス。」


「———!!」


【3……2…1…イグニッション!!!!】


何かを言っていた様だったが、それが聞こえる事もなく…『天界』から新天地へと轟音を響かせながら飛んで行った。


………


……



そうして、辿り着いた新天地に死者の居場所である『冥界』を創り出して…約束通り、カト帝国とやらに属していた『創造神』に恩を返した後……早1000年が過ぎた頃だったか。


「……おい生きてるか?」


「……。」


気づけば私は、こんな山奥にいて……前後の記憶がまるでなく思い出せる気配もない。


——ザザッ


【…有罪一度全てを忘れ流刑生きなさい』】


「……?」


「…立てよ。とりあえず麓の村に案内してやっから、それから…」


「…あの、名を教えてくれませんか?」


立ち上がろうとして、つまづきかけた私を支えて言った。


「っと危ねえ。俺は山崎 栄介えいすけ。一応、軍人だ。お前の名前は?」


何度も思い出そうするが、何も思い出せずに困っていると、栄介は頭を掻いた。


「記憶喪失か…なら、呼び方ないとこっちが困るから俺が仮で決めてやろうか?」


私が頷くと、栄介は俯いて腕を組んで…数分後、顔をあげた。


「神秘を帯びていそうな黒髪にその紫っぽい黒色の目がどっかの花みたいだから…冥華めいかってのはどうだ?」


「冥華……」


とてもしっくり来る…いい名前だった。


「あー駄目だったか?なら、別のにするが…」


「いえ、これで結構。冥華…とってもいい名前だと思います。」


「そりゃあ良かった!んじゃあ、下山すっぞ…って、裸足じゃねえか。よっと…」


栄介は自分の靴を脱いで、私に履かせてくれた。


「サイズは違えけど、ないよりかはマシだろ。念の為に俺の手も握ってろ。」


「…あ、ありがとうございます。」


胸の鼓動が高鳴り、体が熱くなる。こんな異変は初めてだという事はこの体が証明していて…



——かくして『冥神』パティス…山崎 冥華は、親友の計らいによって箱庭の世界において生者として、短い間ながらも助けてくれた栄介と結婚して子供を2人産み、苦しみながらも幸せな生活を送った後…栄介や長男に自身の正体や、自身の血が色濃く出ているまだ幼い妹の事を話した後に…病によって他界した。


死者に戻った彼女は『冥界』の運営をしながらも、そこから自身の子供達や栄介の事を見守っている。


「聖亜。それでは勝てませんよ…ほら、もっと前に出て…それでは相手の思う壺になってしまいます…ああやっぱり。」


「…パティス様。『冥界』に来る死者のリストを持って来ました。」


「…今、息子の頑張りを見ているので邪魔をすればすぐにでも輪廻に帰してあげますよ。これは…何処かで戦争でもしているのか?」


「今いる死者の輪廻に戻す期間を早めれば…何とかなると思いますが。」


「それはこの『冥界』の理念に反する。生きる苦しみを味わい尽くした死者には少しでも安らぎの時間が必要だ。」


全ては…最後に親友と会う機会をくれた彼女や私に第2の生を与えてくれた親友の為に。


輪廻へ戻っていく死者の魂や信念…全ての想いを背負い、いずれここに来てしまうあの子にこの『冥界』や私の全てを託すまで…続いていく事になるだろう。


……決してこの世界の真理や輪廻に背く気はないが『冥神』としてではなく…あの子の母親として、何も知らずに幸せに生を全うして欲しいと祈る行為は、果たして許されるのだろうか。


「…何を笑っているのですか?」


「気にするな。神崎、ホールで宴の支度を準備しておけ…酒と肉を山盛りにな。他の者にも伝えろ。私もすぐに向かう。」


少年は頷いてからスッと姿を消した。


「…苦痛や懺悔は、今の私に必要ない。肉体は既になく、たとえ呼吸もせず心臓の鼓動もなく血が通っていない、冷えきった霊体であろうとも、この私の魂や信念を凍りつかせ、進む足を止める事は出来ない。」


この身は既に死者だが、この燃えたぎる想いだけは生者となんら変わらない。あの子や栄介達とここで再会した暁には美味い肉を頬張り、互いに酒を飲み合って楽しく思い出話をしたりして愚痴りながらでも考えればいいだけの話だ。



「行ってきます。」



暖かい家族写真を机に残し、ドアを閉めた。


                   了




















        











































































































































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