第3話

 地下工場は街の中心に建つ蒸気塔から入ることができた。蒸気塔とは各街に配置されている街を動かす基礎となっている蒸気機関で、簡単に言えばだれでも使える発動機だ。だが、基本的に家々は各自の蒸気機関を備えているため、使われることはあまりない。自動昇降機は上階へと向かうものだったが、ベルクマンが何か別の操作をすることで下へと向かった。チン、と音がして地下工場に昇降機が到着する。


「ようこそ、私の工場へ」


 ベルクマンはそう言ってエマを連れて歩き出す。広い空間だった。そこに整列しているのは、戦車や戦闘機、軍用オートマタなど、戦闘兵器ばかりだった。


「……なるほど。ここで兵器を造ってるってことか。クリソプレイズの技師もそのために?」

「いや、彼らは別の用件で招いている」

「招いた、ねえ……随分荒っぽい招待だったみたいだけど」


 エマが皮肉交じりに言うが、ベルクマンは笑って話を続けた。


「レプレを見て、君は言ったな。『人間のようだ』と。その通りだ。レプレは『人間』として作られた」

「人間として?」


 エマが問い返す。ベルクマンは電源の入っていない軍用オートマタに触れながら、エマを見た。


「君も知っての通り、一般的なオートマタはあくまで人間からの命令を実行する『機械』でしかない。複雑な命令を実行することはできないし、憶測で物は話さない。だからこそ、店員オートマタは商品に対する回答と会計の計算しかしない、軍用オートマタはただ目の前の敵であると認識した者を殺す。そのように作られている。だが、こうは思わないかね?」


 ベルクマンは隣にいるレプレをもう片手で触れた。


「もしオートマタが、人間のように自分で判断して最適な行動ができるとしたら」

「不可能だ。機械は人間になり得ない」


 エマがすぐに否定する。ベルクマンはにこりと笑った。


「その研究が、帝都で十年前から続けられているとしたら?」

「……なんだと?」


 帝都にいる両親の顔が過ぎった。エマは一瞬目を閉じることでそれをなかったことにした。


「ホムンクルスというのは錬金術という技術によって生み出される人造人間のことを言うが、この場合メカンクルス……いや、いまいちだな、『アンソメクス』としよう。アントロポスという人間を意味する語とメカニクスを合わせたのだがね。とにかく、帝都ではこの『アンソメクス計画』が十年前から女王陛下の命で秘密裏に実行され続けている。レプレはその試作品を買い取ったものだ」


 レプレがにこりと笑った。


「どうだね。機械はここまで人間に近付いた。だが、まだ足りない。レプレですら試作品なのだ。本当に機械で人間が作れるとしたら、ブリタニア帝国は人口問題も関係ない、無限に『人』を増やし続け、この先も発展を続けるだろう。グロムやリスが及ばない程にな」

「なるほど。技師たちの誘拐は、レプレを元にして完成品を作るためか」

「その通り」


 アンソメクス計画。もし、それが帝都で行われているとしたら、八年前に呼び出された両親はきっとその計画に関わっているだろう。どうしてそんな計画に携わろうと思ったのか、エマは技師ではないからわからない。だが、一つだけわかることがあった。


「残念ながら、おまえの計画は頓挫する」

「……なんだと?」


 ベルクマンが眉を寄せた。エマは確信をもって告げる。


「クリソプレイズの技師が優秀なのは認めるがな。……及ばないよ。そいつらじゃな」


 天才と呼ばれた自分の両親を超えるには、程遠い。


「だから、悪いことは言わない、さっさと技師たちを解放して計画を中止しろ」

「……嫌だと言ったら?」


 答える代わりに、エマが構える。


「敵サイボーグ、戦闘態勢に入りました。迎撃しますか?」


 レプレが急に事務的に発言した。ベルクマンが頷いた。


「迎撃を許可する。旧世代の機械に、最新鋭の機械の力を見せてあげなさい」


 その言葉が合図だった。レプレは室内でも差したままだった傘を素早く閉じてエマへと向けると、先端から銃弾が発射された。だが、その弾道にエマは既にいない。床を蹴ってレプレとの距離を詰める。最後の一歩で踵から蒸気を噴出させ、一気に加速。拳を握って顔面を狙うが、レプレの傘に阻まれる。後退しながらエマはジャケットを脱ぎ捨てた。レプレの銃弾がエマを追撃する。


「自分で考えることができるというのは、戦場においても、臨機応変に行動できるということだ。人間のように考え、だが死ぬことはない兵士。これこそ、あるべき兵士の姿だとは思わないかね」


 ベルクマンの声が響く。エマは答えない。

 エマは右のつま先を床に叩きつけた。反動で踵から刃が生える。足の裏から高圧の蒸気を噴出させ、加速する。その勢いのまま、レプレが構える傘目掛けて振り上げた踵を振り下ろす。ガキン、と音がして傘は真っ二つになった。エマの動きは止まらない。左肘を折って、レプレの目の前で手慣れた様子で上腕のレバーを引いた。


「!」


 驚くレプレは、距離が近すぎて反応が間に合わない。エマの肘が光ると同時、レプレは後方に大きく吹き飛ばされた。上腕に仕込まれている小型のカノン砲だった。


「ほう。なかなかやるな」


 壁際まで飛ばされたレプレが戻ってくる。フリルのたくさんついた服はほとんど破れ、スカートを広げていた骨組みも折れて露出していた。


「……戦闘、続行不可能です。撤退を」


 レプレが告げる。ベルクマンが目を見開いた。


「何を言っている。まだまだ壊れてはいないだろう。その娘をスクラップにするまで戦いをやめることは許可しない」

「敗北が濃厚です。戦闘終了を提案します」

「……私の言うことが聞けないのか? 戦え、レプレ」

「……」


 レプレは折れた傘を構える。エマも迎え撃とうとする。だが、レプレが傘を向けた先にいるのはベルクマンだった。そして、一発、銃声が響いた。


「な、に……?」


 ベルクマンが血を吐く。そして膝が折れ、うつ伏せに倒れた。


「嫌です。わたしは、死にたくない。死にたくない」


 エマがレプレの背後に立つ。勢いよく足を振り上げ、踵の刃でレプレの首を切断した。レプレの首が床に転がり、体が崩れ落ちた。オートマタは頭と胴体を切り離すことで動きを停止させられるようになっている。転がっていたレプレの首が、エマを見て止まる。


「わた、シ、ハ、死に、たく、ナい……人間に、なり、た、かった……パパの、むす、メ、に、ワタシ、は……」


 悲しそうな顔をして、レプレは完全に沈黙した。ベルクマンも心臓を撃ち抜かれ、絶命していた。両者を見て、エマは息を吐く。


「……死なないはずの機械が、思考することで死を恐れるようになるとはな。とんだ計算違いだったな、おっさん」


 またつま先で床を叩いて踵の刃をしまい、放り捨てていたジャケットを手に取る。レプレの首を見て、エマは目を細める。


「機械はな、人間にはなれないんだよ」


 そう言い残して、エマは施設の奥に向かって歩き出す。

 奥は工場になっていた。ゴウンゴウンと機械が脈のように動く音。蒸気の熱。鉄を打つ音が聞こえた。警備に何人も男がおり、エマを見つけて回転式拳銃を向ける。


「なんだ、貴様! どこから入ってきた!」


 男が撃った拳銃の銃弾を握りつぶし、投げて返す。頬から血を流しながら、撃った男も周囲の男たちも唖然とエマを見た。


「今、私は機嫌が悪い。死にたくなかったらさっさと失せろ」


 エマがゴキンと指を鳴らした。男たちは叫びながら一斉に走り去った。


「エマ!」


 走って近づいてくる見知った顔がいた。レオンだ。


「助けに来て……いや、おまえ、俺のこと囮に使っただろ!?」

「うん」

「うん、じゃない!」


 騒いでいるところを見る限りレオンに怪我はなさそうだ。他の技師たちも作業をやめて近づいてくる。


「エマちゃんか。君がいるのにレオン君が捕まるのはおかしいと思っていたんだ」

「私たちも助けてくれるとは。感謝してもしきれないよ」


 責任者らしき男はオートマタの反抗に遭って死んだと告げる。そうすると、技師たちは顔を暗くした。


「そうだろうな。人間に近づいたって言っても、所詮機械は機械だからな……完璧な存在なんて無理なんだよ」


 技師が言った。エマはその通りだと思った。思考しないオートマタの方が死を恐れることなく命令にも従っただろう。人間と同じような機械が完璧な存在であるなんて、そんなの作り手である人間の傲慢だ。人間は人間。機械は機械。そうやって、別の存在として生きていくのが正しいのだ。



 技師の大半はこの工場を閉鎖してからクリソプレイズに戻るとのことで、エマはレオンを連れて先に帰ることにした。ヨーゼフの家に寄ってバイクを引き取り、レオンが運転、エマが後ろに乗ってクリソプレイズに向かう。道中、エマはレプレが最後に言っていた言葉をレオンに教えた。


「人間になりたかった機械、か……」


 レオンが呟く。


「そう。なれるわけないのにな」

「……」


 エマの言葉に、レオンは答えない。


「なあ、エマ」

「なに」


 レオンは少し間を置いて、こう言った。


「俺は、おまえのこと人間だと思ってるよ」


 エマは目を細める。そして、レオンの背にごつんと頭をぶつけた。


「……おめでたい技師だな」


 サイボーグになった時点で、自分はもう人間ではないのだとエマは思っている。人間部分は頭だけ。機械の割合の方が多いのだから。でも、この思考や感情といったものが、自分の中で計算されたものなのか考え生まれたものなのか、エマには判断がつけられなかった。

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