4.第3幕(五位夫人)
ヤーイン様がメイランに行かれた時の事は、よく覚えていません。その後に起こした最初の事件の時も、大変なお話とは思いましたが、ヤーイン様個人に対して、どうこう思う事はありませんでした。最初の事件は、ヤーイン様は巻き込まれただけ、と伺っていましたし。
私の身の回りでは、サンナの夫が、赴任先で患い(義理の弟は高級地方官に出世しておりました)、命に別状は無かったものの、知らせを聞いてサンナの義母が倒れたり、劇場では中心の歌手では有りませんでしたが、そこそこ人気のあった女性歌手が、いきなり妊娠してしまったり(甥のリャンシンが父親と噂されたのですが、無実でした。)、スーナの夫の商人仲間で、大親友に当たる人が、旅の途中でコーデラの内乱に巻き込まれ、亡くなった事や、その影響で、スーナの夫には破産の噂が流れた(損失はありましたが、大したものではありませんでした。)事など、様々ございました。
また、私の上の娘が嫁入りし、下の娘も婚約が決まりました。六位夫人は、前の夫との間に出来た息子さんが、昨年結婚したばかりなのに、妾を入れたがっている、と悩んでおいででした。
さて、また夏の日の事でした。
その年は冷夏でしたが、そうは申しましてもセートゥの事です。やはり暑い日は辛いものでした。
私は、劇場関係の知人と外宮で面会していました。知人は、
「後宮はお変わりありませんか。」
と、しきりと気にしていました。
そこに、レイホーン殿が、女性を追いかけて、乱入してきました。
「姉上、彼女に…。」
と言っていたので、四位様の面会の間と間違えたのでしょう。
レイホーン殿は、私を見て驚かれ、
「五位夫人…。」
と言いました。もちろん、直ぐに
「五位様。」
と言い直し、乱入を謝罪しました。
乱入したのは、彼の婚約者でした。二位様の親戚と伺っています。レイホーン殿とは、正直、年齢が合わないのでは、と思うくらい、お若いお嬢様でした。彼女も、恐縮していましたが、私は、若い者には有りがちだからと、笑って済ませました。
彼等が去った後、知人が、
「お気をつけ下さいよ。」
と言っていましたが、茶器をひっくり返しそうになった事だとばかり思っていました。
ですが、その夜、居合わせた若い侍女二人から、同じ言葉を改めて聞きました。
気の強い侍女のユィホウは、
「何でしょう、あの言葉使いは。太子にでもなった積もりなんでしょうか。ああいう方には、お気をつけ下さい。」
と言いました。大人しいスィホウでも、
「さすがに『五位夫人』はありませんよね。四位様から言葉が移ったのかも知れませんけど。…お気をつけ下さい。」
と言いました。
私が六位夫人を呼ぶ時は「六位夫人」「六位殿」です。四位様をお呼びする時は「四位様」です。レイホーン殿は、四位様のお身内でも、私を呼ぶときは、「五位様」になります。
以前は、きちんと呼んでいました。スィホウのいう通り、久しぶりだし、口が滑っただけだろうと思っていました。
二人は、四位様は最近、二位様にお近づきだが、そのせいで、四位様の部屋付きの侍女が、態度が大きくなって困る、と話していました。
四位様に長く仕えた、年嵩の侍女が、高齢を理由に御下がりになったので、色々、纏まりが無くなっているようだ、とは、六位夫人から聞いた事がありました。
ユィホウは、どこから仕入れたのか、レイホーン殿の婚約者は、まるで少女のようだけど、見かけより十は年上で、遊びすぎて変な噂がたったから、慌てて婚約したのに、レイホーン殿は舞い上がって、馬鹿みたい、と続けました。
スィホウは、
「レイホーン様って、ヤーイン様がお好きで、今まで縁談を断ってらした、と噂でしたけど…ヤーイン様も一度はご婚約されていましたよね。」
と、噂を鵜呑みにするのはよくない、と付け加えていました。
私は、適当に言って、その日は休みました。
私は、以前、自分の見た記憶から、レイホーン殿がヤーイン様に夢中だと思っていました。ですが、婚約者といたレイホーン殿は、本当に楽しそうでした。
人の心はわからないものだなあ、と、しみじみ思いました。
それから暫く、冷たい夏の終わりが近づいた時でした。
メイランで、ヤーイン様がお亡くなりになりました。私には難しい事件の顛末は、ヤーイン様は、コーデラから逃げたらしい悪い魔術師に騙され、密輸事件に巻き込まれて、お亡くなりになった、で通っておりました。
ですが、私は、なぜか、「違う」と思っておりました。
レイホーン殿が、何故か生き生きし過ぎていたからです。
この時、レイホーン殿は、ご結婚準備のため、新しい役職にお着きになり、外宮でよくお姿を見掛けました。一点の曇りなく、お元気でした。
もし、レイホーン様が、「無関係」なら、ヤーイン様の死には、思い出のために、お悲しみになったのではないでしょうか。私には、明るさが、ことさらに無関係を強調しているかのように見えました。
私の勘は、悲しいことに当たってしまいました。
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