3.第2幕(五位夫人)

時は流れて、また暑い夏の年がありました。


その年は、南での急な大雨の被害があり、その上、北の前年の雪害の後始末がまだで、災害担当の役人が、自殺してしまうという事件がありました。


その役人は、リャンナの「夫」の娘婿でした。


「夫」本人は、私が五位になった翌年に、地方に帰りました。そこで患って早死にしたと言うことです。


私は何もしていませんが、彼の正妻が急死し、それが、五位になった私からおとがめがあるのを避けるために、「夫」が正妻を毒殺した、という噂がたったからです。根も葉もないことでしたが、利用して競争相手を蹴落とそう、という人は、どこの世界にもいるものです。


私は、いまさら、何とも思いませんでした。ただ、どうせ毒殺するなら、正妻ではなく、「夫」にするのに、とは思いました。


災害は新しい担当官が有能で、てきぱきと処理していきました。


次の議題は、コーデラの王子様の、確か十回目のお誕生日に、正式に御祝いをお送りすべきか、で、会議はもめていました。




王子様の血筋については、チューヤ人はあまり気にしませんが、コーデラ人にとっては問題と聞いていました。国王陛下の義理の叔父に当たる方が、王子様への継承に反対していると聞いていました。


結局は正式に御祝いするという事になったのですが、これは、そういった、会議の日々の中のお話です。




その日、私と六位夫人は、皇后陛下のお見舞いに伺うため、ご静養中の離宮に出発しようとしていました。皇后陛下は、本格的に倒れられる前から、たびたびお体を壊していました。


二人で外宮の控え室にいましたが、昔より、暑さ対策を施した室内は、風通しもよく、くつろいでいました。


そこにひょっこりと、四位様とレイホーン殿が現れました。


四位様は、お見舞いは、先日、とうにお出かけになっていました。何かと思ったら、レイホーン殿が半年ぶりに地方から戻られたので、今夜は実家で宴を開くので、お宿下がりになるそうです。


レイホーン殿は、当時は流通管理官補佐の役職に就いたばかりで、都と地方を、年に何回も往復していました。半年とは長いのですが、西の国境付近で密輸事件があったらしく、上司と共に、後始末に追われていた、との事です。


話の合間に、侍女が氷を運んで来てくれた時でした。


豪族のタンド氏とスイン氏が、護衛の兵士を連れて、控えの間に現れました。私達は、ご挨拶をしました。タンド氏は、三位様の御友人、スイン氏は、イーナを贔屓にしてくださった方でした。


二人は会議のために参内したのですが、タンド氏は、会議の後で、幼い孫息子を、三位様に会わせるつもりでした。会議の間は、与えられた控えの間にいたのですが、護衛の一人が、退屈して愚図りだしたお孫さんに、噴水を見せてくる、と連れ出したきり、戻っていないそうです。


偶然、スイン氏の護衛が、外宮の方に、二人が歩いて行くところを見ているのですが、太子の一人と共の者だろう、と思って、気に止めなかったようです。


外宮は面会の間などあり、男性が出入りできる部分もあります。ですが、内宮は、原則、皇族以外の男性は入れません。ただ、建物と建物の間は、警備がいるので、入り込むことは、まず出来ませんが、庭は地続きなので、紛れてしまうこともあります。以前は、お庭だけなら、皇族が同行すれば入れました。


いくら三位様のお知り合いで、子供とはいえ、紛れ込んでおかしな所に出てしまっては、騒ぎになります。


三位様は内宮をお探しとのことで、六位夫人は外宮回り、私と四位夫人は、お庭から見ました。


噴水は、外宮のお庭にも綺麗な物がありますが、外宮と内宮の境目付近に、コーデラ風の珍しい物があります。子供はそういうのを好みます。


私と四位様、レイホーン殿は、噴水の方から、池を見回しました。


そういえば、この池の、ちょうど反対側だったかしら、ヤーイン様とレイホーン殿が飛び込もうとしたのは、と、思い出した時です。


反対側の、その場所に、緑の中に、白いものが見え隠れします。人がいるようです。


「あそこはもう、内宮ですね。」


四位夫人が言いました。


途端、レイホーン殿が、走り出しました。池に沿い、例の場所を目指します。


そちらは、もう、と声をおかけしましたが、女の身では、御止めできません。


なんとか追い付いて、茂みに分けいって見ますと、以前より、数奇な光景が広がっていました。


ヤーイン様が居ました。服は着て居ませんでした。私を見て、少し隠しましたが、ぷいと横を向き、不貞腐れたようなご様子です。


傍らには、背の高いコーデラ人の男性がいて、子供を抱えています。子供は眠っているようでした。


そして、もっと妙な物がありました。



顔の右半分しか髭のない、若い男性が、下着しか身に付けていない姿で、何度も頭を下げていました。レイホーン殿が、剣を突きつけています。背後から、チューヤ人の、これまた長身の男性の剣士が、止めていました。


ここは、皇族以外の男性も、剣を帯びた男性も、存在してはならない所です。私は、気絶しそうになりました。でも、気絶している場合ではありません。


レイホーン殿は、私に気がついて、剣を下ろしましたが、まだ納めてはいません。


長身の男性二人は、先ほど、スィン氏の護衛として、紹介された人達でした。子供は、タンド氏の孫でしょう。すると、膝まづいている男性は、あの子の護衛だと思われました。


私は、ここがもう、内宮の庭であることと、昔とはちがい、お庭も入れなくなっている事を説明しました。


ヤーイン様は、


「私が許可したから、問題ない。」


と横を向いたまま、言いました。レイホーン殿は、


「五位様に、その言い方は失礼です。」


と、ヤーイン太子を睨み付けながら言いました。


レイホーン殿を宥めていた剣士が、おろおろとしながら、子供を抱えた剣士に、


「ファイス、お前も止めろ、なんとか言え。」


と言いました。ファイスと呼ばれたコーデラ人の剣士は、


「静かにしないと、子供が起きる。」


とだけ言いました。


「お前、そんな事よりも。」


「静かにしろ、シュウ。起きて、泣き出したら、どうなる?」


相方の剣士シュウは、押し黙りました。


そこに、遅れて、四位様がつきました。御姉様の姿に、レイホーン殿は、剣を納めました。ヤーイン様も、驚いた様子で、はっと身繕いを始めました。


見ると、四位様の後に、皇帝陛下がおいででした。私と六位様の出発を見送って下さるためだったのですが、騒がしいので、奥まで見にきた、と仰せでした。剣士三人は、はっとして姿勢を正しましたが、子供を抱いた剣士は、屈むことができません。私は、彼から、子供を受けとりました。


陛下は、剣士三人に、


「不問とする。直ぐに下がれ。」


とおっしゃいました。


「彼もですか?」


とファイスが、凍りついたように動かない、半髭の剣士を指しました。シュウが、


「馬鹿、そんな言い方があるか!これだから外国人は!」


と慌てましたが、陛下はお気になさらず、私に、彼らを外宮の主人たちの所に送ってくれ、とおっしゃいました。


「今回の事は咎め立てせぬから、忘れるように。」


と伝えてくれ、と付け加えて。


私は、剣士三人と、子供と共に、外宮の、両氏と六位夫人のいる所に戻りました。タンド氏は、孫が無事での喜び、部下が後宮奥に迷いこんだ怒り、皇帝陛下に知られた畏れとで、赤くなったり、青くなったり、大変な有り様でした。六位夫人は、彼を落ち着かせ、まだ内宮をお探しかもしれない三位様に使いをやり、震えている剣士に、


「陛下が忘れろと仰ったのだから、忘れなさい。御約束なさったのですから、おとがめはありませんよ。」


といい、スイン氏に、部下二人も疲れたでしょうから、お早くお休みなさい、と言いました。


私たちは、遅れましたが、お見舞いに出発いたしました。


車の中では、少しだけ、その話をしました。陛下が忘れろと仰ったのですが、鈍い私は、噂を耳にしていながら、わからなかったからです。


劇場のころ、噂というものは、大半は根のない大袈裟なものだから、何を聞いても、人気の肥やしのようなものとして、直ぐに忘れるものだ、と、父から言われていました。ですが、役者の場合と、高貴な方々の場合は、違ったのでしょう。


車を降りたら、その話はしませんでした。お見舞いは、二日を予定していましたが、天候が悪くなり、四日、足止めされました。




会議は終わっていて、あの事も片付いていました。


レイホーン殿は、「書記官舎物資出入管理官長」になっていました。前の役職より、位は上らしいですが、書記官舎の構成は、難しい試験に合格した官僚が中心となっていて、豪族や有力者の縁者だから、というだけの者は、いません。役職名も初めて聴く、耳慣れない物でした。会議時はかなり忙しくなるようです。前のお役目と違い、都の外に出ることはないと聞きました。


ヤーイン様には、この頃から、メイランに行くお話が出ていました。それに伴い、王宮の外に、独立した明かしとして、お屋敷を構える事になりました。




私は、元から、ヤーイン様とも、レイホーン殿とも、大した接点はありませんでしたが、この出来事の後は、口をきくどころか、お顔を見る機会もありませんでした。




そうして半ば本当に忘れかけ、数年が過ぎました。



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