2.第1幕(五位夫人)

シーチューヤの後宮は、大昔とは違い、一度入ったら出られないとか、皇帝が亡くなったら、側室以下みな総代えで、全員尼になるとか、そういうことは、もうありません。コーデラの方は、誤解されているようですが。


私は、五位の側室になりましたが、劇場の事も、人を介してですが、きちんとして来ました。


父と母亡き後、シーナの二番目の息子リャンシンが継ぎましたが、若輩の素人経営にならぬよう、しっかりした助手を手配しました。こういう場合、侮って騙す者が出てくるものですが、私が五位になった事もあり、邪な者は寄って来ませんでした。




私は、娘を二人産みました。陛下の寵愛は、六位夫人、七位夫人…と移って行きましたが、陛下は、寵愛が薄れたからと、邪険にする方ではありませんでした。ただ、母親と子供は別、と分けて考える方のようで、私の事はお気にかけて下さっても、私の娘二人には、あまり関心はお持ちでないようでした。


これは太子でも同様で、寵愛の深かった七位夫人の太子でも、母親が亡くなってからは、必要以上に子供に構う、ということは、なさいません。跡取りの上太子様(シーチューヤでは、ソウエンと違い、皇子はみな「太子」、皇太子を「上太子」と呼びます。)は別ですが。




私は、六位夫人と話が合いました。彼女は、元は真面目な役人の正妻でした。お亡くなりになった前のご主人は、賄賂など取らなかった方で、生活は贅沢なものにはならず、節約という言葉の意味を、よく知っていました。必要な物や、削ってはいけない所を削るのは、ただの守銭奴ですが、私と彼女は、自分自身でお金を扱ってきたので、守銭奴と節約家の違いをわかっていました。


九位夫人も、私達に近い所がありましたが、彼女は、年が離れていましたので、話していると、向こうが緊張してしまいます。


八位夫人は、親御さんが厳しく、贅沢は禁止されて育ったようですが、後宮に上がってからは、反対に、華美を好むようになったと聞いています。私は、その話を聞いた時、八位夫人に良い感情を持てませんでしたが、私より世の中をわかった六位夫人によりますと、そうなってしまう、事情がおありとのお話しでした。


「八位夫人のお父様は偉い博士で、質実剛健と誉れ高い方です。女性が着飾る事を、道徳的でない、とお考えで、少女の頃の八位夫人は、お金持ちのお嬢様で、可愛らしい方なのに、凄く地味な格好しか、させて貰えなかったそうですよ。


お金持ちの質素は美徳、とは言うけど、若い娘としては、お辛かったでしょうね。」


六位夫人は、このように、常に相手の立場をお考えになる方でした。


二位様、三位様は、身分の高いお家の出で、長く皇帝陛下のお側にいらしたので、「別格」でした。


四位様は、私と同じ年、七位夫人は、私より年下でした。このお二人は、仲が良かったようです。


四位様は、宝石商の娘で、宝石は色々お持ちでした。


ある時、濃い紅色の、あまり聞かない名前の宝石で出来た、大きな半円の胸飾りを着けていらして、


「この大きさなら、鳳凰を彫刻して、火炎鳥のようにして、髪飾りにして欲しかったのに、兄にも父にも反対されたの。」


と仰有っていたのを聞きました。ですが、彼女が居ない所で、九位夫人が、


「あの石は、翡翠や水晶に比べて、脆くて軟らかいから、細かい彫刻をしても、角が鈍ってきてしまうんですよ。」


と言っていました。彼女は、貸金業を営む両親に育てられたので、「質草」として数多い、装飾品の見分けや特徴については、お年のわりに、詳しかったようです。


私は、桃色の水晶の耳飾りを持っていました。桃を型どってあるものです。四位様の物は、その色の濃い物と思っていたのですが、違いました。六位夫人も、前の夫の友人の奧様から、聞いた事があるけど、と話しだしました。


「その人、髪飾りは紙か木に限るって、言ってたわ。石を使った物は重くなるから、よく落とす、って。小さな男の子が四人もいて、確かに慌ただしい暮らしをしていた方だけど。


翡翠は丈夫だけど、あの石はどうなのかしらね。」


ですが、脆くはあっても、鉱山からは取れたり取れなかったりするようで、綺麗な物は、珊瑚なみのお値段になることもあるそうです。四位夫人の胸飾りは、色も鮮やかで大きな物です。向かない彫刻をして目減りしてしまうより、大きさを生かした方が価値がある、と、お父上達は考えたのでしょう。


宝石商の娘である四位様は、扱っている商品の事を、ご存じなかったようです。このように、少し浮き世離れした所がおありでした。


仲の良かった七位夫人は、四位様とは別の意味で、浮き世離れした方でした。トエンの方でしたので、明るい髪に、明るい目をしていました。


宝石類は苦手で、故郷の風習で、耳飾りだけは凝った物をつけていました。私達が着けているような、玉の連なった首飾りや、彫刻のある胸飾りや、玉の簪はお付けになりませんでした。髪に花を飾る事はありました。


ですが、彼女ほど美しい方となると、花も宝石も必要なかったでしょう。やや冷たい美しさは、リャンナに少し感じが似ていましたでしょうか。姉は実はよく喋り、現実的な女性でしたが、七位夫人は、なんだが、まるで、異国の天女のような人でした。


佳人薄命の例に漏れず、若くしてお亡くなりでした。


七位夫人の産んだヤーイン太子には、専門の教育係りが何人かついていましたが、そのうちの一人、武術の「先生」が、四位様の弟のレイホーン殿でした。


チューヤでは、皇族は刃物を持たないので、棒術か格闘術を習います。ですが、この頃は、コーデラの勇者王の武勇伝が高らかに聞こえ、剣や魔法に憧れる少年が増えていました。ヤーイン様も剣を習いたがったのですが、決まり事なので、堂々と習うわけには行きません。


四位様が、弟のレイホーンには、少しですが、ラッシル式の剣の心得があるから、と、一緒に棒術をやる、という口実で、こっそりお教えしていました。陛下も、本物の剣を使うわけではないし、すぐ飽きるだろう、と、黙認されていました。


母君に似て、可愛らしいヤーイン様が、棒を剣にして振り回すお姿は、とても可愛らしく、微笑ましかったものです。




本当に、あの頃の、春のようなきらきらしたご様子を思い出すと、その後の出来事が、とても残念に思えます。


美しいものほど、脆く、儚いものなのでしょうね


 ※ ※ ※




ある夏の日のことでした。


セートゥの夏は、昼間はもの狂おしく暑いのですが、夜はかなり涼しくなります。それでも夏ですから、設備の悪い劇場は一時閉鎖になるところもあります。


私の実家では、屋根を外したり、客席を広くとったり、氷をお配りしたりなどしましたが、やはり客足は落ちました。


王宮は、涼しくなる工夫が凝らしてありましたが、セートゥ育ちでない侍女には、倒れる者もおりました。


その年は特に暑く、何かとお忙しい二位様、三位様は、お倒れになってしまいました。


私は、六位夫人と、彼女の部屋で、氷を丸飲みしながら、


「男も女も、暑さのせいで服装が乱れているけど、注意するのも気の毒で。」


「寺院の庭の池で、夜中に派手に水音がして、鯉泥棒かと思ったら、僧侶たちが水浴びしてたらしいわ。」


と、噂に花を咲かせていました。


「そういえば、ヤーイン様が、

いきなり中庭の池で泳ごうとして、大変だったらしいわよ。」とおっしゃるので、私は、あそこは、結構、深いらしいわ、あぶない事、と返事をしました。


その後、私は自分の部屋に戻りましたが、西日の燦々とした石の廊下を歩く気になれず、中庭を突っ切る事にしました。


私の前と後ろに侍女が一人ずつ、木陰を分けていきました。


池の橋を渡れば涼しいですよ、と、先の侍女が茂みを分けた時の事です。


侍女二人は叫びました。私も卒倒する所でした。


ヤーイン様とレイホーン殿が、池のほとりに立っていました。それだけなら問題はないのですが、お二人とも、服を脱いでいました。


私も慌てましたが、お二人も慌て、若い侍女は逃げ惑います。私はようやく、


「暑いのはわかりますが、まだ日のあるうちから、それは行けません。池は、私の部屋からも、よく見えますよ。それに、遊泳禁止のはずですよ。」


と言いました。お二人が、泳ごうとしたのだと思ったからです。


ヤーイン様は、罰が悪いのか、急に笑いだしました。私は少し気を悪くしましたが、レイホーン殿は、恐縮して、何度も謝っていました。


私は五位夫人ですが、太子のヤーイン様は、七位夫人のお子ですが、身分は私より上です。レイホーン殿は四位様の弟ですが、皇帝の側室である私よりは、下になります。


ですから、お二人の態度の差は仕方ないと言えましょう。


夜、陛下がお渡りになりました。とうとう四位様まで、暑さで倒れてしまったそうです。


今からこれでは、来月はどうなるか、コーデラのように魔法動力の空調を、という意見も出ているが、魔法に頼りすぎると、精霊の調和が崩れ、暴発するようになるのでは、という意見も根強い。そういうお話しをなさいました。


「兵士が広場の湖水や、町中の川で、平気で裸で水浴びするものだから、レン将軍の所にまで、苦情が上っているそうだ。だが禁止するのも気の毒でな。将軍の話では、侍女が着衣のまま、庭の池に、次々飛び込んだ年があって、それよりましだ、とは言うんだが。」


そのお言葉に、夕方のヤーイン様の事を思い出し、陛下にお話し致しました。ヤーイン様は、飛び込もうとしたのは二度目では、浴室に氷風呂を設けては、と言い添えて。


氷を風呂にするほど準備するのは、お金がかかりますが、太子の立場にある方が、裸で水浴びする姿を晒すよりはましです。


陛下は、考えこんでおいででしたが、


「そうだな。きちんとした方がいいな。」


と穏やかにおっしゃいました。




氷風呂にはなりませんでしたが、公共の浴場に依頼して、昼間に大規模に水風呂をやってもらう事にしました。水風呂を担当した浴場は、片付けや入れ換え等が発生しますので、夜にお湯での営業は間に合わず、混雑したそうですが、暑さで倒れる人は減りました。




私は夏が終わるまで、ヤーイン様とレイホーン殿の事は忘れていました。


秋の初めに、ヤーイン様とレイホーン殿が、それぞれ婚約なさる、というお話しを聞きました。その時のお相手とのお話は、結局、立ち消えになりました。




以降、何度か、お二人の婚約のお話が、同時に流れ、同時に消える、ということがありました。




思い返して見れば、皇帝陛下は、苦心なさっておいででしたのね。




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