舞台裏の踊り子

1.序幕(五位夫人)

*新書の本編「弾けた虚空」と、同時間軸の別視点です。





私はシーチューヤ皇帝の第五夫人、皆からは五位様と呼ばれています。元は会計係りとして、後宮にお仕えしていました。


本当の名前はウォン・ウーナ。西方風にすると、ウーナ・ウォン、ウーナは、「五番目の女の子」という意味です。もちろん、私が五女だったのは偶然です。


私の両親は、ソウエンから移民してきました。芸人でした。ソウエンでは、時々、思い立ったように、「粛正」があり、両親は国に逆らうなんて考えた事もありませんが、芸人は、上の人を諷刺するものですから、何かお気に触ったのでしょう。


その時は、一番上の姉、イーナしかいませんでした。道端で芸をしても、たいしたお金が入らず、食うに困っていましたが、ある日、姉が母の真似をして唄ったところ、たちどころに人だかりが出来、見たこともないほどのお金が手に入ったそうです。


姉の唄で、両親は裕福になり、都に自分達の劇場を持つまでになりました。


シーチューヤでは、国立の劇場は、剣舞の激しい伝統劇以外は上演しません。子供の頃から厳しい訓練がいり、動きがとにかく激しく、役者はみな、男性でした。題材は主に歴史や神話の戦闘物です。


その他のもの、例えば、伝統劇以外の、恋愛芝居や、西から伝わった歌劇、動物劇、無言劇などは、民間の私設劇場でやっています。


うちは、姉の唄を中心とした、歌劇場でした。


姉の唄は、なんと言いますか、この世のものとは、思えませんでした。彼女は、すごく太っていて、例え痩せても、容姿は良くなかったでしょうが、一度舞台に上がり、


「痩せ衰えて、明日にも死にそう。」


「私は、美を司る天女。」


と歌いだしてしまえば、それを疑う人はいませんでした。声は暗めでしたが、最高音から最低音まで滑らかに出て、豊かな声量と、役の表現力、何もかもが素晴らしかったのです。私も、姉の唄を聞いて、何度も身も心も震わせました。身内の事ではありますが、あのような人は、この先、私が例え百年生きたとしても、二人と出てこないでしょう。


でも残念な事に、姉の半分の才能でも、受け継いだ姉妹達はいませんでした。


二番目の姉リャンナは、もともと「ダミ声」で、ある意味、声質は姉に近いのですが、比較される事が多かった事もあり、芸には不熱心でした。ですが、非常な美貌の持ち主で、芸が無くても、リャンナを見に来る人は沢山いました。殿方だけでなく、ご婦人もです。


三番目の姉サンナは、芸も美貌も今一つでしたが、何故か男性には好かれ、上の二人には及びませんが、人気はそこそこありました。ただ、リャンナと比べ、彼女の贔屓は、気の荒い人が多いのか、揉め事がよくありました。


四番目の姉スーナは、こう言っては何ですが、唄も容姿も、舞台には向きませんでした。性格的にも内気すぎました。ですが、家事は得意で、母より旨かったくらいです。


ある日、父は言いました。


「ウーナ、お前は、姉妹の仲では一番努力家だし、賢い娘だ。だから解ると思うが、お前は、芸はイーナの次だが、それでも資質も才能も遠く及ばない。美貌はリャンナの次だが、これも遠く及ばない。かと言って、サンナやスーナのように、姉さん達の合間を縫って、男性を上手く操ったり、控えめに振る舞ったりは、性格的に無理だろう。だから、私に就いて、お金の事を学びなさい。」


今にして思えば、少女の身には悲しい言葉ですが、父は、私達姉妹の事を理解し、一人一人、真面目に考えてくれていたのです。


サンナは下級役人の妻に、スーナは、近所の織物問屋の妻に、それぞれ早々と収まりました。今も都で暮らしています。リャンナは、サンナの夫より遥かに身分の高い役人の妻になり、彼の赴任先に就いて行きました。リャンナは読み書きは不得手だったので、手紙は三年間に一度、旅の途中で、一通来ただけでした。


ですが、三年後、再び、その高官が都に戻った時、リャンナの姿はありませんでした。彼の妻は、別の女性でした。姉と同じくらいの年ですが、美しくはありません。


高官に尋ねると、最初は、結婚して一年目に、病で死んだ、と言っていました。ですが、そういう場合は、妻の両親の所に連絡なり文句なりがあるものです。(文句とは意外でしょうが、「体の弱い女を嫁に寄越した。」と言ってくる人もいるそうです。)


つてを頼って聞き出して見ると、高官には、すでに妻がいて、姉を妾にするつもりだった事が解りました。姉は承知しなかったそうで、「返された」のですが、行きと違い、帰りは伴も二人程度、お金もろくに渡さず、遠くから無事に帰ってこれるはずもありません。


シーチューヤはソウエンと異なり、既に妻のいる男性が、別の女性に「妻にする」と言って、正式な結婚の約束をした場合は、犯罪になります。最初から「妾に」「愛人に」と言った場合は犯罪にはなりません。


リャンナのお嫁入りの時は、新郎の「競争相手」だった人達が大騒ぎし、都の話題になりました。だから、相手が「最初の妻は死んだ。」「正妻にする。」と言っていたのを、何人もの人が聞いています。


ですが、相手は高官、サンナの夫からも「騒がないでくれ」と頼まれて、私達にはどうにも出来ませんでした。


そしてもっと悪い事に、その次の冬、イーナが、病気で死んでしまったのです。


もともとイーナは、具合が悪くても歌おうとしますので、体調には周囲の者が気を付けていたのですが、風邪すら引いた様子もなく、なのに、いきなり倒れ、死んでしまいました。医師は、イーナのように、極めてふくよかな体型をしていると、一定の年齢になると、こういう事がある、と言いました。


イーナは、貧しい時代に産まれた、ただ一人の子で、すぐ下のリャンナとも、かなり年が離れていました。ですが、そういう病になるほどの年ではありませんでした。


イーナを失った劇場は、お客様が半分になりました。若手も育てていたのですが、うちには優れたイーナがいるため、才能のある子ほど、他所の劇場に行ってしまいます。男性の歌手には、良い者もいましたが、シーチューヤの歌劇は、女性歌手中心です。


父も母も、落ち込み、劇場を畳もう、土地を売ろう、とまで考えました。


ですが、私は反対しました。イーナは居なくなってしまいましたが、まだまだお客様は来てくれます。演目を工夫して、歌手を集め、やるだけの事はやりましょう、と。


それに、リャンナの夫が、イーナが病死したとたん、あの家の娘は早死にする、といい始めた、と噂に聞きました。スーナに娘が産まれたばかり、これで引き下がっては、将来に触ります。


私は、コーデラやラッシルの歌劇で、まだ上演されていないものを翻訳し、女性歌手の出番を増やしたりなどして、新しい物を取り入れました。舞踊だけの作品も、歌になりそうな物は歌詞をつけてしまいました。


それが当たり、劇場は持ち直しました。




そして、信じられない事が起こりました。




皇帝陛下が、お忍びでおいでになる、というのです。


当然、私達は、大慌てです。


まず、陛下に失礼のない演目を選ばなくてはなりません。シーチューヤはソウエンに比べてその当たりは自由ですが、こういった芸は、上の方々を諷刺する描写が、大なり小なり入っているものです。さらに、陛下は、当時の五位様を亡くされたばかりです。お悲しみを増すようなお話は避けなくてはなりません。


考えた末、「太陽の娘」という演目を選びました。古い作品で、元は悲劇でしたが、後でコーデラで再編されて、最後がめでたしめでたしに変わった物です。


「太陽の娘」と呼ばれる美しい姫ディナが、自分の護衛の青年ルーシスと恋に落ちて、屋敷を抜け出し、森で暮らします。ルーシスは実は姫の婚約者で、産まれた時に親が決めた縁なので、姫は彼の顔は知りませんでした。彼は隣の領主の跡取り息子でしたが、姫の父の部下に邪な人がいて、自分の息子オータンドと姫を結婚させるために、ルーシスの父を暗殺していました。ルーシスは逃げ出し、真相を探るために、名前を変えて潜んでいましたが、姫のそば近く仕えるうちに、復讐は忘れて、姫と逃げ出し、ひっそり暮らしたいと考えるようになりました。


森番の妻がルーシスに横恋慕したり、追いかけてきたオータンドが嘘をついて姫を騙そうとしたり、色々ありますが、最後は二人の恋人同士は幸せになります。


これは、イーナがいる頃に、一度、上演しようとした事がありますが、ディナ役は、歌が簡単過ぎるからと、姉が嫌がったので、結局は上演しませんでした。


初上演になりますが、当時のうちの看板歌手は夫婦物で、こういった恋愛物は得意でした。森番の妻役と、オータンドにも、ちょうど良い歌手がいました。


この舞台は大成功でした。


陛下には、舞台の後で、お言葉を戴きました。


実は、陛下はイーナの歌を聞きに、何度かいらした事があるそうです。これは父も知りませんでした。今回に限ってお知らせの上だった理由は、私などにはわかりません。


陛下は、何故か、イーナが居なくなった後の劇場状態の話と、リャンナの悲劇に関して、詳しくご存じでした。


私には、大変な事情の中、劇場を建て直したそうだが、どのような物か、と、お聞きになりました。私は、こんな高貴な方と、直接お話しした事がなかったので、緊張しておりましたが、なんとかご説明いたしました。


その数日後、皇后陛下からの御使いが見えました。私を後宮の会計係りに、というお話しでした。ゆくゆくは、皇帝陛下のお側に仕える事になる、と添えられて。


私はためらいました。ためらうと言っても、結局はお断りすることは出来ないお話しです。私は独り身で婚約もありませんでした。リャンナのような美貌もなく、サンナのように、殿方を楽しませる気遣いも出来ません。皇帝陛下とは、劇場のお話しをしただけでした。どこがお気に召したのかわかりません。




そして秋のある日。


劇場の後の事は心配なく、という御使いのお言葉を胸に、私は後宮に上がりました。




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