セキダ博士のちょっぴり変わった日常(6)
繁華街から離れ、我々一行は横に大きな川が流れる天端を歩いていた。
「全く小野少年には頭を抱えさせられるよ」
私は小野少年に小言を言った。先ほどの騒動の疲れがどっと押し寄せてきた。
「ニシシ。それほどでもないでやんすよ」
小野少年は頭を掻いてはにかんだ。
「しかし自然というものはこの時代でもこうも映えるものなのだなあ」
信長は横の並木に見惚れながら言う。その視線を追ってみると、なかなか綺麗な桜が満開に咲き乱れていた。淡い桃色が春の訪れをさりげなく主張しているように見えた。桜の木々の下で軽く酒を飲んでみればこの疲弊しきった身体を少しは癒してくれるのだろう。私はその光景を想像してアルコールを渇望した。
「関田博士、あそこに人だかりが」
ゴリ太が指さして言った。
その方向には大勢の人々が群がって川に注目しているようだった。
私達も野次馬に混じってその先を見ると、川の中心で何かがパシャパシャと水しぶきを立てているようだった。
「何事だ」信長が群がる人に聞いた。
「女の子がおぼれているんだよ」
そのうちの青年は答えた。
「何、誰か助けてやらないのか」
「そんなことしたら助けにいった奴までおぼれるかもしれないだろう。既に通報したからプロに任せればいい」青年は他人事のように言った。彼以外の人々を見ると心配そうに見る者や動画を回してその様子を撮影している者ばかりだった。
「お主らの根性、腐りきっておるな!」
信長は憤怒し、着ていた服を脱ぎだした。
「ちょっと信長さん⁉」私は慌てた。
「ワシが娘を助けに行く」
信長は褌一丁の姿だった。
「そんな、危険です」
「己の保身ばかりで何をなし得ようか」
信長の言葉は重く私に降りかかった。
私は十分に心当たりがあったからだ。
別に一般人にそんな当たり前なこと言われたところで響くことはない。しかし、圧倒的な大成者に言われたことで私の保身に関わる全てを否定してくれたような気がした。
「待ってください」私は信長に言った。
「まだ引き止めるか」
信長は私を睨みつけた。
「いや私がいきます」
私は信長のように着ている服を脱ぎ捨ててパンツ一丁の状態になった。
恥も外気の冷たさも何も感じない。
「ハカセ、泳げるでやんすか」
小野少年は心配そうに言ってきた。
「これでも高校の水泳の授業では『半魚人セキダ』と呼ばれるほどには泳げるのさ」
私は軽く屈伸をしながら言った。
「誉め言葉なのですか」ゴリ太が指摘した。
「私も分からない」
そう言って私は川の中に飛び込んだ。
洗練されたクロールで少女に近づく。
少女はもう限界そうだ。
呼吸をする度に周りの声が聞こえた。
慣れない運動で身体が悲鳴をあげた。
呼吸の回数も増える。
やっとの思いで少女のところまでたどり着いて身体を抱き寄せる。
しかしもう足が限界だ。
少女を抱えて川岸まで泳げるか怪しい。
だがこれで私が死んでも名誉ある死として後世に語り継がれるであろう。
私が諦めかけたその瞬間、目の前に何かが水面に落ちて水しぶきをあげた。
それは浮き輪だった。
「関田博士、その浮き輪を使ってください!」
私は少女を浮き輪の中に入れて、ビート板代わりに摑まってバタ足によって前進した。
そして私はボソッと言った。
「最初から浮き輪を投げれば良かったのでは」
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