セキダ博士のちょっぴり変わった日常(4)
時は一五八二年六月二十一日午前四時の本能寺。この時まさに轟々と燃えさかる炎によって寺は焼き尽くされていた。こうなればヤケクソだ。織田信長を拾って現代に戻ろう。
余計なことをされると面倒極まりないので小野少年を機内に紐で縛り付けてゴリ太と私はタイムマシンから降りた。
降りた先は本能寺内で障子と畳に火が移っており足場に気を付けなければいけなかった。目の前には丁髷に白装束といった格好の武士、いわゆる織田信長がいた。彼は覚悟を決めた様子でどっしりと構えて座っていたが、思わぬ来訪者に驚いたようで目を大きく見開いていた。
「お主ら、どこから参った!?」
「それどころじゃないでしょ! とりあえず信長さんもこれに乗って!」
「敵か味方か分からぬ者の指図など受けとうない!」信長は一向に動こうとしなかった。
「この分からずや! ゴリ太!」
私はゴリ太に目配せするとゴリ太は信長の後頭部を軽く殴った。
その衝撃により信長は意識を失った。
「よし、現代に戻ろう」
私達はタイムマシンに飛び乗って急いで設定した。
「歴史の改竄にならないでやんすか」小野少年は呑気に質問してきた。
「そんなこと言っている場合じゃない!」私は小野少年に強く当たった。
タイムマシンは発進し、元の時代へと飛躍した。
◆
現代に戻って小野少年の拘束を解き、信長が目を覚ますまで三人でUNOを嗜んでいた。
信長が起きるとゆでだこのように顔を真っ赤にさせて私達を叱咤した。
「よくもワシを殴りおって! 切腹じゃ!」
「信長さん、落ち着いて。この時代に切腹は通じませんよ」ゴリ太は冷静に宥めた。
「なんだこの南蛮人⁉ 全身毛むくじゃらじゃないか」
信長は一回り大きいゴリラに圧倒されて腰をぬかした。
「ゴリラの名前はゴリ太と申します。南蛮人ではなくゴリラです」
ゴリ太は丁寧に自己紹介した。
「要は我々と同じ人間ではないということです」私は付け加えた。
「お主らが本能寺を焼き討ちにしたのか⁉」
「いえ、むしろ私達があなたを助けました」
要領を得ない信長のために最低限必要な説明をしてあげた。我々は信長から見ると未来人であること、この時代は未来であること、史実としての本能寺の変。信長は一貫して情緒不安定であったが私の話にはしっかりと耳を傾けてくれた。
「お主の言うところによると、ワシは先の焼き討ちで本当は死んでいたということか⁉」
「諸説ありますが」私は補足した。
「それはいかん! お主、このタイムマシンとやらで焼き討ちの前にワシを送れ! 光秀のやつを殺してやる!」信長は火のような激しい怒りを露わにした。
「いや、それは歴史の改竄になって…」
「ワシに意見を言うのか!」
信長は腰に備えた刀を抜く動作を取るが自分が刀を所持していないことに気づき、ぎこちなく格闘技の構えを取った。
「ゴリラと戦いたいんですか」
私は落ち着いた様子でコーヒーを啜った。
信長はゴリ太の方を見ると、目を大きく見開いて縮こまり怒りを鎮めた。
「…それは得策ではない。もちろんワシの方が強いのだが」信長は強がってみせた。
「ゴリラも争いごとが嫌いです」ゴリ太は頭を掻いた。
「ただ、さきほど諸説あると言った通り、織田信長が完全に死んだという証拠はありません。ですので、どこか人目から離れた島に送り届けるつもりです」
私は現代に連れてきてしまった信長の対応について述べた。歴史の改竄にはなりかねないとは言え、諸説あるうちのどれかに歴史を当てはめてしまえば何とかなるだろう。
「ほう、それはありがたい」信長は言った。
「ただし条件があります」私は人差し指を上にあげてみせた。
「条件とはなんだ」
「この少年の質問に答えてやってください」
「ワシが小僧と話さねばならぬか⁉」
信長が般若面になった。
「ハカセ、この人終始怒っているでやんす。いくらオイラでも怖いでやんすよ」
小野少年は至極当然な発言をした。彼の口数が少ないのは本来の子どもがそうするように怯えていたのであろう。
「信長さん、もう少し怒りのボルテージを下げていただくことはできませんか」
「ワシに命令するのか⁉」信長が声を荒げた。
私はやれやれと肩をすくめた。
「全く扱いにくい方だ。ではこうしましょう。あなたは新奇なものが好きだとお聞きしていますので街に案内します。きっと信長さんにとって有意義な体験になることでしょう」
私は信長に要求を飲んでもらうために提案した。
信長は髭を触りながら少し黙っていたが、やぶさかではないと言わんばかりの顔をした。
「確かに奇異なるものについては目がない。ワシを十分に楽しませられたら小僧の話を何でも訊いてやろう」信長は要求を飲んだ。
「ただその格好じゃこの時代では目立ってしまいます。こちらを着てください」
私はクローゼットの中から無難そうなジャケットやジーパンを取り出して彼に着せた。
丁髷というヘアスタイルについても指摘したが「お主の要求はあまりにも多すぎる!」と激怒されたのでそのままにしておくことにした。
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