セキダ博士のちょっぴり変わった日常(3)

 私は小野少年を椅子に座らせてプリンを出してやった。


「で、宿題の協力っていうのは?」


「社会の授業で歴史上の人物について調べてこいっていう宿題が出たんでやんすよ」


 小野少年は硬そうな前歯で柔らかいプリンを砕くように食べた。


「なるほど、つまるところ私が代筆をすればいいんだね」


「いや、そうじゃなくて」


 小野少年はもじもじと上目遣いで口ごもる。


「直接会いに行きたいでやんす」


「そんな無茶な。世間一般でいう歴史上の人物はとうの昔に死んでいる」


「だからタイムマシンを使いたいってことでやんすよ」


「それは駄目だ。小学生の君を連れていくのは危険だ」


「何ででやんすか」


「余計なことをするかもしれないからだ。史実を口走ってしまったら歴史の改竄が起こり得るし、それに帰れなくなる可能性だってある」


「ほんの少しだけでやんすよ。話を少しだけ訊くだけでやんすから」


 かすれた猫なで声で懇願する小野少年に私は呆れていた。


 いくら弱みを握られているからと言って人様の子どもを危険にさらすことは一般市民としては糾弾されるべき愚行なのである。


「そればかりは責任を負えない」


「ハカセがオイラに優しくしてくれたことを誇張して三木先生に伝えてあげるでやんすよ」


「良かろう」私は答えた。


「関田博士は三木先生のことになるとポンコツになるんだから…」ゴリ太が小言を言った。


「なんだゴリ太?」私は睨みつけた。


「いえ、ゴリラの独り言です」


 ゴリ太はそっと後ろに引き下がった。


「それで誰に会いに行くんだ」


「織田信長でやんす」


 私はコーヒーを吹き出した。


「もっと穏やかな人にしないか。伊能忠敬とか優しそうじゃない?」


「嫌でやんすよ。オイラ、織田信長しか知らないでやんすし」


「信長は残虐な人物だと聞く。殺されるかもしれない」


「ゴリ太に守ってもらえばいいでやんすよ」


「ゴリラにお任せあれ」


 ゴリ太は胸を叩いて自分を大きくみせた。


 確かにゴリ太が人間に劣るとは思えない。織田信長に斬りかかられても刀を木端微塵に粉砕してくれることだろう。


「危険を感じたらすぐに帰るからな」


 私はそう言って小野少年らを連れてタイムマシンがある部屋に向かう。タイムマシンは大きなカプセル式になっており、中は頑張って詰めたら四人は収納できる程度の広さだ。


 ゴリ太が大きいので心配したが小野少年が小柄なおかげで思ったよりゆとりをもって三人乗ることができた。


「行き先は…安土桃山時代の…」


 私は機内のキーボードを叩いて設定を始めた。そういえばいつが良いのだろう。護衛がいる時だと大問題だし、織田信長が一人でいる時間は一体いつなのだ。


「オイラ知ってるでやんすよ。一五八二年六月二十一日午前四時」


 小野少年が横から打ち込みだした。


「ほう、やけに詳しいな。その日時は何なんだ」


 私は感心して小野少年に訊いた。


「その日は、本能寺の変でやんす。場所は本能寺でやんすね」小野少年は嬉々として言う。


「!?」


 私は急いで設定をリセットしようとしたが、小野少年が発進ボタンを押してしまったのでタイムマシンは音を立てて動き始めた。


「おまえええええええええええええええええ」


「え、何でやんすか? 織田信長が一人でいるんじゃないでやんすか」小野少年はキョトンとする。


「本能寺の変ということは、織田信長が焼き討ちにあってる最中ってことだ!」


「あ」小野少年の目が点になった。


 タイムマシンは再設定不可能だった。


 私たちは時の流れを逆行していった。

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