セキダ博士のちょっぴり変わった日常(2)

 読者諸君はこの時点で「小野少年のやんす口調が鼻につく」だとか「ゴリラって人語を話すっけ?」とか「ハカセは三木先生のことが好きなの?」とか色々突っ込みたい気持ちで脳の許容メモリがオーバーヒートしそうであろう。そこで私が順序立てて説明しようと思う。


 私は街の中にしれっと並んでいるごく普通な一軒家を研究所として使って一人黙々と発明に邁進していた。別に画期的な何かを開発して一儲けしたいとか有名になりたいという情熱が私を突き動かしているわけではない。ただ何かが形になっていくことが楽しいのだ。発明したものは自分だけにとどめるだけで十分である。それにむやみやたらに発明品を公表すると、私の発明に目をつけた秘密組織によって私は拉致されて缶詰状態で作りたくもないものを強制される可能性があるだろうしそれは良しとしない。もちろん生活に困窮した際には実用的なマシンを売り出すこともあるが。


 一年前にサーカス団員と称したウサクサという如何にも胡散臭い名前の男から強引にゴリラを売りつけられた。後に街で有名なサーカス団のゴリラ失踪事件の話を小耳に挟んだが別のゴリラなのだろう。私はせっかくならゴリラを何らかの実験に使いたいと考えて「ゴリラスピーチ」というゴリラが処方すると人語を解することができる薬剤を開発してゴリラに与えた。するとゴリラは「実はゴリラはバナナよりシロアリの方が好きなんです」と声を発したので私は感激してシロアリ千匹をゴリラにやった。話し相手ができて愛着がわいてきたので私はゴリラに「ゴリ太」という名前をつけた。ゴリ太は一般人より利口なゴリラだった。雄叫びを上げることはないわ雑用はしてくれるわ不良品を壊してくれるわで、非の付け所がない私の名助手だ。ただ一人称がゴリラだという点を除けば。


 私は春日小学校の教師である三木先生に想いを寄せている。彼女は高校時代からの付き合いで世間から逸脱した私のことに興味を持ってくれ、そして積極的に話しかけてくれた。私達は違う道を歩めど、定期的に連絡を取り合う仲であったが一向に友達以上の関係性に進めないでいた。三木先生は社交性に富んだ性格が故に一定数の男からも好意を向けられており、アラサーに片足を突っ込んだ我々の年齢を考慮すると彼女はもう誰かと付き合っている可能性が多分にあると分かっていた。しかし私は真実を知るのがとても怖かったので特にアクションを起こすこともなく今の関係性に安住しているというわけだ。だがいつかは行動せねばならない。


 そんなこんなで私は自身の恋愛事情から逃避するべく殊更発明に邁進した。頭髪カウンターや塵埃製造機など一円の価値にもならないメカからタイムマシンといった科学者があっと驚く実用性に富んだメカまで何でも開発した。もちろん失敗はつきものだ。ある日、私はアダルトビデオから着想を得てマジックミラー煙幕の発明に勤しんでいた。煙幕内からは外界を窺うことができるが、外界からは煙幕内の様子が霧によって見えない、更には中で発した声も聴こえなくなるというものだ。プロトタイプが完成したので早速ゴリ太とともに屋外で実験してみることにした。屋内だったら狭すぎて実験しにくいためだ。人語を解すゴリラを誰かに見られるものなら大混乱になりゴリ太がどこか見知らぬ研究所に拉致される可能性があるので、ゴリ太にアメリカンサイズの分厚いコートとハンチングを被ってもらい誰もいない夕方の公園で実験した。煙幕内の私をゴリ太が外から観察することになり、私は中で「三木先生のことが大好きだあああああああ」と叫んでみた。ゴリ太から真顔で「関田博士、姿は見えませんでしたが声は筒抜けですよ」と指摘されたので、私は好きな男子にパンツを見られて恥ずかしがる乙女のように頬を赤らめて煙幕から出た。すると横から「聞いたでやんす聞いたでやんす」とピーピー喚くクソガキが現れた。このクソガキこそ小野少年である。ぐるぐるした模様みたいな瓶底眼鏡、肥大化したがために露出した前歯、更には一人称が「オイラ」で語尾が「やんす」、いかにもギャグ漫画のベタを体現したような絶滅危惧種がまさかこの世界に実在するとは。「君はどこの小学校だい」私が質問してみると小野少年は「春日小学校でやんす。三木先生はオイラの担任でやんすよ」と言った。口止め料としてチップをやると言ったが彼は中々言うことを聞いてくれず「ハカセの仲間に入れてくれるなら考えてやってもいいでやんすよ」と小生意気な要求をしてきた。小野少年の将来はきっと脅迫を生業としたゆすり屋になることは疑いようもなかった。私はゴリ太に優しく肩を叩かれて慰められた。

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