第19回 姿を映すお仕事 お題:アバター


 僕は「ミラー」というらしい。僕の前に立つ色んな人達が、口を揃えて僕をそう呼んでいた。


 ここがどこで、なんのために僕は存在しているのか。それはわからないけど、僕には仕事があった。それは僕の目の前に立った人の姿を、ソックリそのまま僕の身体に映すことだった。


 今日もまた、可愛らしい少女が僕の前に立つ。流れるような空色の髪に、吸い込まれるような桃色の瞳。獣のような垂れ下がった耳を携え、朧げな雰囲気を持っている。僕の身体は彼女を映し、僕もまた彼女の身体を得る。


 手のひらを見つめて、握って、まるで自身の身体を確かめるように動かす。右手のハンドサインに合わせて表情がコロコロと変化する。彼女の仕草はどこか子供らしくて、見ていて楽しい。


 するとそこにデフォルメされたようなペンギンがやってきて、何か一言二言会話を交わすと僕の前からスッ、と消えてしまった。


 僕の仕事は、ただそれの繰り返し。目の前に居る人を映し、僕自身もその人となる。もう何人の人を映しただろうか。じゃがいもに手足が着いている人だったり、ウーパーだったり、美少女だったり美青年だったり、ロボットだったり動物だったり。僕の姿は、僕の目の前に現れる人の数だけ変化する。


 最近はまた少し、人が増えたような気がする。僕は自分の仕事に誇りを持っているし、それは嬉しいことだ。


 次はどんな姿になれるんだろうか。僕は胸を躍らせながら、僕に近寄る人を見据えた。



 アバター、それは自らの化身、分身。


 インターネットが発達した現代では、ゲームなどの仮想空間上での自分の分身としてその言葉は用いられている。


 そして有名VRプラットフォーム『VRChat』では、それはもう様々なアバターが存在し、昼夜その数を増やし続けている。それこそ美少女、幼女、美少年、青年、動物、植物、機械、海産物と数を数えたらキリがない。自らでアバターを作れるゲームは数あれど、VRChatほど種類が豊富なものもないだろう。


 それもその筈。VRChatでは3Dモデリングソフト『Blender』、ゲーム制作エンジン『Unity』を用いることで自らの手でゲームを作ることができるのだ。有志の方が作ったアバターも存在し、それを自分好みに改変するもよし、デフォルトのまま使うもよし。


 ともあれ星の数ほど存在するアバターだが、それを用いる我々に欠かせないものがある。


 そう、『鏡』だ。


 自分の分身としてアバターを用意したのに、それを見れなければ意味がない。他人から見たら自分はどうなっているのか? 今どんな表情をしているのか? それらを確認するため、我々は鏡と向き合う。


 VRChatterが一番お世話になるものは、きっと鏡と言って差し支えないだろう。


 まぁもっとも、それを気に掛ける酔狂な人間など私以外にいないだろう。

 今日も今日とて、私は鏡に向き合い労いの言葉を掛けよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る