第18回 下戸の酒飲み お題:VRC上のイベント
一見するとそのカフェは普通のレトロな雰囲気のカフェであったが、所々に物理法則を無視したかのようにコーヒーカップが散乱していた。木製のカウンターにめり込んでいたり、空中に浮いていたり。まぁ、この世界の住人には当たり前の光景だ。
そう、ここは『VRChat』。仮想空間の中の中。
今日も今日とて、僕はとある”イベント”会場に来ていた。
「こんばんは」
「あ、Frog13さん。いらっしゃい」
Frog13。VRChat上の僕の名前だ。もう何度も来ているから覚えてくれたのだろう。このイベントの主催者にして店長、オオラカさんは僕に気が付くと、美少女の身体で笑顔を向けてくれた。ピンク髪、猫耳、そしてメイド服。可愛らしい格好から放たれる野太い声も、最早慣れてしまったものだ。
「一番乗りですか」
「そうですね。他の人はまだ来てません」
「フレンドにイベントに来ないかって誘ったんですけどね」
「まぁ、ゆっくり待ちましょう」
オオラカさんはそう言って、カウンターの向かい側に立った。机にめり込んでいたカップを手に取り、慣れたような手つきでコーヒーを注いだ。匂いはないが、湯気のパーティクルがその雰囲気を漂わせる。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
僕はそれを受け取り、一気にあおる。動作に合わせて中に入れられたコーヒーが消え、再び無機質なカップへとその姿を戻した。
「飲んでるフリでしかないのに、心があったまるのは……どうしてなんでしょうね」
「不思議ですよね、VRって」
しみじみと、僕は呟く。インターネット上で軽く調べただけだから真偽は不明だが、人間の知覚の割合は視覚が八割とも言われている。匂いや味がなくても楽しめるのは、それ故なのだろうか。
「こんばんはー」
「いらっしゃい」
「あ、JackPADさんこんばんは」
「あぁ、Frog13さん、こんばんは」
目の前に通知が表示されて、いつもの常連のキツネアバターの方がやってきた。JackPADさんは僕の隣に腰を下ろし、オオラカさんからコーヒーを貰っていた。
「そうだ、フレンドにVRCのイベントについて説明したら驚かれまして」
「ほうほう」
と、唐突にそんなことを思い出した僕は、今日あったことを話すことにした。
「僕のフレンド、ソシャゲ中毒者なんですよ。だからVRCのイベントはユーザーが自主的に行っているって言ったら、ビックリしてました」
「あー」と二人は納得するように頷く。
「普通は運営側が開催するものだからねぇ」
「そりゃ驚くよね」と、二人は言った。
そう、VRChatのイベントは、スマートフォンのソーシャルゲームで行われるイベントの時限イベントや期間限定イベントといった運営から配信されるものとは違い、この居酒屋カフェ『オオラカ』も、他のすべてのイベントも、ユーザーが独自に開催しているものなのだ。毎日のように数十件はあるイベントを見た時は、僕も驚いたものだ。フレンドの驚きっぷりは僕以上のものだったから、こうして話の種にさせてもらったのだが。
「酔狂な人もいるもんだよねぇ」
「あんたが言うかい」
オオラカさんはそう呟き、JackPADさんはそれを指差して笑う。だけどそう、オオラカさんのようなイベントを主催してくれる人がいるから、こうしてVRCを楽しめているのだ。感謝を忘れてはいけないだろう。
「ばんわー」
「ちわー」
話をしている内に徐々に居酒屋カフェは賑やかになってきた。店内には狐、美少女、イケメン、ロボットと、様々なアバターの人が見受けられる。そろそろこのカフェのメインイベントか、と思った時だった。
「それでは皆さん。そろそろ乾杯と行きましょう」
「いえーい!」
「待ってました!」
オオラカさんの言葉に、会場が一気に盛り上がる。それと同時に、僕たちの座っている席にビールジョッキがポン、と出現した。
「それでは今週も、お疲れ様でしたー!」
「カンパーイ!」
「乾杯!」
ここは居酒屋カフェ『オオラカ』。開催時間の三十分前半は落ち着いたカフェなのだけど、後半になるとガヤガヤとした居酒屋へと変貌する。それがこのイベントの特徴で、僕が好きなところだった。
合図と共に、僕はジョッキをあおる。現実では下戸で全然飲めないが、VR上でならいくらでも飲める。
「ごめん遅れちゃったわ」
「ういー、おせーぞ」
「もしかしてFrog13さんのフレンドさん? こんばんは」
かなりの遅刻でフレンドがやってきて、僕の隣に座った。オオラカさんは店の説明をしつつお酒を注いでいた。
「へー、変わってますね。居酒屋とカフェって」
「どっちもやりたいから、合体しちゃおっかなって」
「思いきりましたね……」
「まぁ、今みたいに後半の方が人が多いのは事実なんだけどね」
「でも皆いい人だぜぇ」
「なんかコイツおかしくないっすか?」
フレンドの疑問に、オオラカさんは苦笑いをして答えた。
「Frog13さんね、VR上で飲酒すると酔っぱらうらしいんだよね」
「えっなにそれ……」
「下戸だから仕方ない」
「下戸とかいうレベルじゃねぇだろ!」
僕たちはその言葉に、ガハハと笑った。
今日も今日とて、居酒屋カフェ『オオラカ』は盛況であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます