第14回 スノウタイム:エイリアンズ お題:宇宙人

 直径が一軒家ほどの大きな銀の円盤が、白い雪に塗れてオレンジ色の火を吹いていた。見るからに宇宙船といった形の、乗り物の何も無いとこから穴が開いて出てきたのは、これまた見るからに宇宙人といった風貌の、雪を映すかのような銀色のナニカだった。


「あ、あー。チューニング完了、聞こえますか?」

「あ、はい」

「すいません自分宇宙人です。宇宙船治るまで泊めてもらってもいいですか? 地球の冬は我々にとって致死温度でして」

「はぁ、狭いところでもよければ……」

「誠に感謝致します」


 銀色の、黒い眼鏡のような目をした宇宙人はペコリとお辞儀をして、宇宙船を手のひらサイズにまで縮小して虚空に仕舞った。一緒に様子を見に来た愛犬のポチが「ワン!」と叫んだことで、僕はようやく呆気にとられていたことに気が付いた。


 ちょうど正月休みで帰省していた時の、大晦日のことだった。



「かあさーん、裏山に落ちたの宇宙人だった。しばらく泊めてあげてもいい?」


 一応客人を招く手前、家族には許可を取らなくてはならない。いつものマンションだったらそんなことは必要なかったのだが、帰省中なのだから仕方ない。僕は玄関先で大声で母さんに呼び掛けた。


健司けんじィ! アンタなにいってんの! 働きすぎて頭おかしくなったんかい!」


 けれど母さんはちょうど料理中だったのか、台所から動く気配がしなかった。ついでに僕の頭も疑われた。酷い言いようである。


 どうしようかと思って宇宙人を見ていると、彼は僕のダウンジャケットを着せてあげたというのに、今にも死にそうなくらいにガタガタ震えていた。このまま死なれるとこちらとしても困るので、僕は仕方なく宇宙人を家に入れてキッチンへと連れて行った。


「かあさん、お客さん。しばらく泊めてあげてもいい?」

「アンタ裏山に落ちたモン見にいったんじゃなかったんかい? いきなりお客って」


 かあさんはそこまで言って手を拭きながらこちらを向くと、宇宙人を見るや否や「イヤアアアアアア」と叫んで卒倒してしまった。ついでに作りかけの蕎麦が吹きこぼれそうになったので僕はひとまずコンロの火を止めた。


「あ、これかあさん。よろしくね」


 僕は倒れたかあさんを指差す。


「なんだか急にお倒れになってしまいましたが……」

「ビックリしたんだろうね。まぁ、次は大丈夫だと思うよ」

「はぁ……なんだか申し訳ないです」

「気にしないで気にしないで」


 僕はそう言って宇宙人を居間のこたつに突っ込ませてから、かあさんを寝室にまで運んだ。久しぶりに背負った母の身体は、また少し軽くなったような気がした。


 居間に戻ると、宇宙人ととうさんがみかんを片手に談笑していた。当然のように馴染んだ雰囲気に、僕は少し驚いた。僕が突っ込ませたとはいえ、銀色の身体の宇宙人がこたつに入っている姿は中々シュールだった。


「お、健司。落っこちてきたのアイッシュさんだったんだってな」

「あぁうん。しばらく泊めてあげてもいい? かあさんに彼見せたら卒倒しちゃって」

「いいべいいべ、泊まってけ。かあさんは俺が説得しちゃる」

「いやはやお父さん、何から何までありがとうございます」

「気にすることねぇべさ」


 そう言いながら宇宙人は笑いながらみかんを口に放り込んでいた。というか名前はアイッシュ、と言うらしい。そう言えば聞きそびれていたな。


 しかしちょっとしか間を開けてなかったような気がするのだけど、とうさんはよくこの短時間で仲良くなったものだ。驚いた顔を見せたことがないとうさんの驚き顔を見れると思ったのだが、少し残念である。


「あ、そうだ。宇宙船壊れてたけど、修理とか大丈夫なの?」

「自動修復機能がありますので、明日には地球を発てるんです」

「へぇ、すごい。じゃあすぐ行っちゃうんだね」

「あまり長居して地球に影響を与える訳にはいきませんからね」

「宇宙人には宇宙人の苦労があるってこっちゃな」


 まるでわかったような口を利くとうさんだった。


「そうだ健司、アイッシュさんに蕎麦作ってあげなさい」

「あぁ、そういえば作りかけだったね」

「俺がやると駄目になるからな」

「わかった」


 こうして僕はかあさんの代わりに蕎麦を作ることになった。と言っても麺は市販のものを茹でるだけだから、そこまで大変ではないのだけど。因みに我が家にはとうさんに料理器具を持たせてはいけないという家訓があることを、ここに補足しよう。



「ふむ、年越し蕎麦と言うのですか。面白い文化ですね」


 場所を移して台所の食事テーブル。宇宙人は眼の前に置かれた蕎麦をシゲシゲと見つめてそう言った。


「宇宙人には年越し文化ってのはないのかい?」


 僕が蕎麦を作っている最中に起きたかあさんは叫んで卒倒したのが嘘みたいに慣れた様子で宇宙人に晩酌を注いでいた。我が母ながらタフである。


「えぇ。年越しも、新年を祝う文化も、残念ながら我々は持ち合わせていません。ですが日本のように、年の節目を文化で固定する概念はとても興味深いです」

「ま、楽しんでくれてるなら何よりだあね」


 宇宙人の答えにかあさんはよくわかってなさそうな顔をしていた。まぁそこは僕たちが理解しても仕方がないだろう。


「それではお手を合わせて」


 とうさんの言葉で台所にいた母、僕、宇宙人が手を合わせる。ポチは手を合わせられないからお座りだ。なんとも奇妙な光景だが、みんなで一緒に「いただきます」と言って蕎麦を口にした。ポチはドッグフードだけど。


「なるほど、奇妙な味ですね」

「不味い?」

「そういう訳ではないのですが……この黒い液体が、なんとも」

「宇宙人に麺つゆは駄目みたいだ、かあさん」

「ほんじゃ醤油試してみ」

「うぅん……これも中々」


 宇宙人は調味料が苦手みたいだった。



 宇宙人と一緒に居間でテレビを眺めていると、年が明けた。とうさんとかあさんは子供みたいな早寝族なので、僕とポチと宇宙人の三人(匹?)だけで一足早く新年を迎えた。


 テレビの中のアナウンサーの「明けましておめでとうございます」という言葉と一緒に、僕と宇宙人は「明けましておめでとうございます」とお辞儀しながら言い合った。ポチは「ワン!」と元気よく吠えた。


「全然年が変わった気がしません」

「実際物理現象的になにかが変わった訳じゃないしね」

「それでも新年を感じ取れるあなた方を、少し羨ましく思います」

「僕も年が変わった実感なんてないから、一緒だよ」

「……ふふ、そうですか」


 宇宙人は微笑んでみかんを口にした。これで五つ目だ。年越し蕎麦で気が付いたのだが、どうにも宇宙人は原材料そのままの食を好むらしい。時間が許せばお寿司にでも連れて行ってやりたいところだけど、そもそも人目につくと不味いか。


「そういえば明日……あ、今日か。いつ地球を発つの?」

「朝方には修理も終わりますので、それくらいには。お父様とお母様が起床しだいですね」

「そっか」


 もっと色んな話をしたかったな、と僕はらしくもない感傷に浸った。子供の頃に戻ったような気分だった。


「事故もあって疲れたでしょ。今日はもう休もう」

「そうですね。私も眠気がやってきました」

「あ、宇宙人も眠気ってあるんだ」

「これでも生物ですからね」


 僕たちは立ち上がって、テレビとこたつと居間の電気を消してから宇宙人を余っていた部屋の寝室に案内した。かあさんが事前に用意してくれたのか、布団は既に敷かれていて、湯たんぽもあって温かそうだった。


「それでは、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 僕はそう言って部屋に戻った。その日はポチを抱き枕にして眠りに落ちた。



 まだ朝日が昇っていない早朝に、僕たち家族は家の前に立っていた。眼の前にはちょうど宇宙人が銀の円盤の修理具合を確かめているところだった。


「うん、問題なさそうです」


 宇宙人はそう言って銀の円盤から離れると、僕らと正面に向き合った。とうさんは珍しく悲しそうな顔をした。


「もう行っちまうのかい」

「はい。昨日も言いましたが、あまり地球に長居するのもよくないものですから」

「酒も持ってってはくれねぇのか」

「地球の物資の密輸は非常に固く禁止されいるもので……」

「悲しくなるな」

「はい。短い間でしたが、ありがとうございました」


 反してかあさんは笑顔で「また気が向いたら来な」と笑った。これが初めて宇宙人を見たときに叫んで卒倒した人間の口から出る言葉だろうか。どういう訳かかあさんには僕が思っていたことが伝わったみたいで、バシンと頭を叩かれた。理不尽。


「お母様もありがとうございました。そして……」


 宇宙人はそう言って、少し畏まった様子で僕を見据えた。黒い眼鏡のような目には、少し顔を赤くした僕が映っていた。


「健司さん。本当に助かりました。あのままでは私は死んでいました」

「大げさだな。そんなに気にしないでよ」

「ふふ、そういう謙虚な所はお父様にそっくりですね」


 僕は「そうかな」と頭を掻いた。


「本当に、感謝しています。それと……ポチさんも」

「ワン!」


 ポチは相変わらず元気に吠えた。


「それでは、失礼致します。さようなら」


 銀の円盤に乗り込む宇宙人に、僕たちは大きく手を振って返した。


「またな!」


 飛び立つ円盤に、僕は力の限りそう叫んだ。たった二日だけの、いや時間だけで言えば一日ですらない付き合いだったけど、僕たちはもう友達だと思っていた。銀色の友達に、精一杯伝わるように、なんども僕は叫んだ。


 銀の円盤は少し名残惜しそうにその場に停滞した後、朝日の光が差し込むと同時に、まるで瞬間移動をしたかのようにその姿を消した。一瞬の出来事に、僕たちは呆気にとられてしばらく突っ立っていた。


「健司、餅でもつくべ」

「うん」


 気を利かせてくれたのか、いつもより優しいようなとうさんに、僕は背中を押されながら家の方へと振り向いた。


 すると同時に、大きな轟音と共になにか大きなものが家の向こう側にある裏山に落っこちた。それはちょうど昨日目にした光景と、全く似通っていた。更に言えば去った筈の宇宙人の銀の円盤が、僕たちの眼の前にもう一度現れた。


 円盤から穴が空いて、何かを操作している宇宙人が、どこか申し訳なさそうな表情で落ちた円盤を指さしてこう言った。


「すいません、あれ兄です。帰らない私を心配して来てくれたみたいなんですがあの通りで……もう一晩泊めていただけますか?」


 しばらくその言葉に呆けていたけれど、それに対して僕は思いっきりの笑顔で「馬鹿野郎!」と叫んでポチと円盤と共に裏山に向けて全速力で走り出した。


 ポチは「ワン!」とどこか嬉しそうに叫んでいた。

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