第13回 夜道はカラオケ会場 お題:夜中に一人で歌う

「あなたは一言で例えるとどんな人ですか?」

「夜道で一人になると歌い出すタイプですね」

「はぁ?」


 灰色臭い面接室でそんなことを聞かれるたびに、俺は素直にそう答えていた。面接官の反応はことごとく芳しくなかった。


 馬鹿正直に答えたのがまずかったのだろうか。気が付けば就職も決まらないままに大学生活も残り半年に差し掛かり肌寒い季節となってしまった。枝から落ち行く枯れ葉はまるで未来の自分を暗示しているかのようだった。


「未雄くんって、変わってるよねぇ」

「はぁ」


 そんな俺であったが、居酒屋バイトの面接には受かることができた。まぁ、未だに就職が決まっていない俺を見かねた店長の温情みたいなものだろう。


 それでもありがたいのでこうして働かせてもらっている訳だが、働き始めて一週間経った日の、日付が丁度変わったときに店長はそう呟いた。店仕舞いも終わらせて、後は着替えて帰るだけというときだ。


「変わってますか」

「うん」

「例えば?」

「面接で言ってた夜道で一人になると歌い出すタイプって、どういうこと?」

「え、そのままの意味ですよ」


 俺はそう答えたが、店長は納得していないみたいに首をかしげた。


「もうちょっと言い換えて」

「えぇっと」

「一人だとテンション高いってこと?」

「あ、それです……一人になると元気になるタイプってことです」

「あぁ、なるほど」


 それで店長は納得したみたいだった。


 言ってはなんだが俺の普段の佇まい、表情、感情はおおよそがその機能を停止している。自分では笑っていると思っていたのに高校の卒業写真を見たら全然笑えていなかったり、客に怒られても何も感じなかったり。端的に言えば人に必要なものが欠落しているのだろう。


 が、それは周りに人がいる時だけだ。


「じゃあこの後は、歌って帰るのかい?」

「そりゃもう夜道はカラオケ大会ですよ」

「へぇ、見てみたいな」

「僕一人じゃないと開催しないですよ」

「うーん、残念だ」


 周りに誰もいないと何かの箍が外れるのは、はたしてどういう訳なんだろうか。二十年近く付き合っている身体も、精神も、自分のことだというのによくわからない。


 夜道やトイレの個室、自分の家や自分の部屋。そこにいる時はよく笑うし独り言をブツブツ口にするし歌うし踊る。改めて自分を解析しても情緒不安定かよ、と思わざるを得ない。


「人にそういう所を見せれるようになると、いいかもね」

「そう言われましても」

「ま、今のままでも君らしくていいか。それじゃ、お疲れ様。明後日もよろしくね」

「あはい、お疲れ様でした」


 店長は俺の着替えを見計らってか、バイバイ、と手を振った。俺はそれにお辞儀を返して店を出た。田舎に片足を突っ込んでいるこの街は、駅前だというのに本当にひと気がなかった。しばらくそんな寂しい駅前を眺めてから、俺は自分の家へと歩き始めた。


 一人夜道。それに高揚を覚えるのは、俺だけなのだろうか。


 黒い帳が降りたような、静かな道。いつもお昼に通っている道とはその雰囲気がまるで違う。散歩をしている人もいなければ、車の音すら聞こえない。自分の一人しか世界にいないような、そんな錯覚に陥る。たちまち漲る全能感、そして万能感。


 あぁ、やはり一人は素晴らしい。誰の目も気にしないでいいというのは、それだけで価値があるのだ。


 俺はイヤホンを取り出し、スマホに取り付けて曲を流した。それに合わせて歌を歌い、今日も今日とて一人だけのカラオケ大会が始まった。


「遥か遠く、暗闇の中……」


 あのバイト先のいいところは、仕事が終わる時間が深夜帯になることだ。働いて金を貰いつつ、こうして夜道を一人で歩ける生活を俺は中々気に入っていた。親には悪いが、このままフリーターでいてもいいくらいだ。


「一人で空を、飛びたいんだ」


 大声で歌っていても、その音は黒く染まった空に吸い込まれて消えていく。俺の歌は、誰にだって聞こえていないだろう。それがどうにも心地良い。


 もしかしたら普通の人は、一人で夜道で歌う気持ちよさを知らないんじゃないかと、そんなことをふと思った。


(あなたは一言で例えるとどんな人ですか?)

(はぁ?)


(面接で言ってた夜道で一人になると歌い出すタイプって、どういうこと?)


「あれ……まさか、伝わらないのか? あの例え」


 反省の色と共に。

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