第11回 幸せオジサン お題:都市伝説
私は確かにホラーや怪談、オカルトに都市伝説といったものが好きだけど、それが現実に起きて欲しいなんて一度も思ったことはない。
「知ってる?
「その都市伝説、ワタシも聞いた! 友達も見たって言ってた!」
「羨ましいよね~」
登校して教室の扉を開いた矢先のこと。クラスの友人達が朝からそんな訳の分からない話をしていた。昨日までは普通にドラマがどうとかメイクがどうとか言って都市伝説になんかこれっぽっちも興味もなかったのに、いきなりこれは誰だって恐怖を感じると思う。昨日テレビで特番やってたワケじゃないんだし。大体都市伝説ってなによそれ……。
「ただの寝てるだけのオジサンじゃん、ソレ。みんな何言ってるの……」
「あ、おはよー。
「おはよー」
私のため息交じりの呟きは、友人達の挨拶に混じって消えてしまった。少しの気味悪さを感じながら、結局変わりない日常が始まった。
◇
そもそも今の時代に都市伝説はおかしいでしょ、と私は言いたくてしかたなかった。
現代社会の授業で、ちょうど平成になってからの社会情勢をオジサン教師がペラペラと喋り散らかしていた時だ。私は授業そっちのけで朝の友人たちの言っていた都市伝説について考えていた。
ハッキリ言って都市伝説は、最早廃れた。誰もがスマートフォンという携帯できるカメラとアクセスしやすいインターネットを手に入れたからなのか、それとも別の要因なのか、詳しいことは未だにわからないままだけど嘘や不明のままであるものはその存在を否定された。
更に言えば一部の怪談や都市伝説はその知名度によって一般化し、それ故にギャグとして消化されるようになったり、ポルノ化してその恐怖を薄れさせている。
そう、つまり怪談、ホラー、オカルト、都市伝説。それらは知られ過ぎたのだ。知られ過ぎたが故に、その神秘性と恐怖性を失った。
(知ってる? 市多ヶ谷線の朝の電車で、八号車の座席の端で寝てるオジサンが見れると幸せになれるんだって!)
そんな現代社会で唐突に友人たちが口にした、都市伝説。おかしいでしょ、と言いたくてしかたない。皆なんの疑問も持たないの、と。
情報源はどこから?
そのオジサンの特徴は?
座席の端で寝てるオジサンなんていっぱいいる。どれがそのオジサンなのか?
溢れ出る疑問疑念。正直薄気味悪いから関わりたくないのだけど、私のオカルト魂が「この謎を暴け!」と叫んでいる。ひー、やだやだ、現実でホラーなんて勘弁なのに。
だいたい市多ヶ谷線の八号車は……私がいつも乗っている車両なのだ。本当にやめて欲しい。
頭痛が起きるほど頭を回して考えた私は、結局友人たちにその都市伝説の話を聞くしかない、と結論を付けてふて寝した。まぁ、現代社会の次の授業だった数学の教師に叩き起こされたんだけど。痛い、暴力反対、体罰で訴えるぞ!
◇
「うわ」と思わず声が漏れた。
日を跨いだ朝の電車、降りる駅のちょうど階段近くに止まるという理由でいつも乗っている八号車で、昨日友人たちから聞いた『幸せオジサン』なる中年男性が目に入った。ホントにいるのかよ。
事前に聞いていた通り、長袖のワイシャツの腕を捲っていて、ズボンは紺色。体格は少し小太りで、頭の髪は無情にも散っている。間違いなく件のオジサンだった。
私はオジサンの真ん前、つまり反対側の座席に座った。ジックリ観察して彼がどういった存在なのかを確かめるためだ。
しかしここで一つの疑問が浮かび上がる。さて、私はいままでこの人を朝の電車で見た事があっただろうか?
答えは否である。というのも私は効率厨で毎日のようにこの八号車に乗っている。理由は繰り返しになるが八号車に乗ると学校の最寄りで丁度階段に止まるからだ。いやまぁ、理由なんてこの際どうでもいいのだけど、友人たちから都市伝説を聞いた翌日に遭遇するとは思わなかった。仕組まれているのか? と思ってしまうほど。まさか本当に都市伝説の怪異とかじゃないよね?
私は改めてオジサンに目を向ける。当たり前だけどオジサンは寝ている。腕をダランとさせて、肩の力を抜いて、首は壁に預けて。気持ちよさそうではあるけど、どこか疲れているように見えるのはやっぱりその老け顔からなんだろうか。
うん、でも彼は、どこをどう見てもどこにでもいる普通のオジサンだ。至って普通のサラリーマン。朝通勤で寝ているだけの人だ。この人を見て、どうして「見たら幸せになれる」なんて都市伝説が出てきたんだろう。そもそも都市伝説の出現時期すらわからないから不気味なんだけど……。
そこまで考えて、私は「あれ?」と周囲に目を向けた。ぶらぶらと揺れる吊り革の列と、ガランとした空席。いつも人が少ない市多ヶ谷線ではあるが、私と目の前にいるオジサンしか人がいないのは……おかしいだろう。
私は空っぽの車内を見て、急速に背筋が凍るような感覚に襲われた。
嘘、このオジサン……本当に都市伝説なの?
いや、そんなことはあり得ない。ただ偶然、偶然人が少ないだけ……。
私は思わず立ち上がって別車両を覗いた。だけど七号車も九号車にも、人はいなかった。
おかしい。だってこのオジサンは幸せを……まさか、罠? 幸せが訪れるという都市伝説を流して、本当は興味を持って近づいた人間を襲う、取り込み型の怪異?
ドクドクと心臓が波打って、恐怖で息が上がってきた。やだ、怖い、どうしよう。現実でこんなことに巻き込まれるなんて、勘弁して欲しいのに!
私の思いに反して電車は止まらない。市多ヶ谷線はどれも駅と駅の間は五分もかからないというのに、もうずっとガタンゴトンと音を鳴らして電車は走り続けている。
もう終わりだ、と思った時、寝ていたオジサンが、目を覚ました。
まるで時間が止まったように、私の身体は硬直した。
「やあ。君、運が無いね」
オジサンは欠伸と背伸びをしてから私を見るや否やそう言った。
「わたしもホラーとか、都市伝説が好きでね。ちょっとした怪談話を作ってSNSに流したらこうなっちゃったんだよ」
なにを、言っているのだろうか。わからないけど、オジサンはどこか安心するような、屈託のない笑みを私に向けた。
「君、そういうの好きだろう? どうにも、わたし達は惹かれるみたいでね」
「それは、どういう……?」
「気を付けてね。彼らはまだ、潜んでいるよ。色んな所にね」
オジサンはそれだけを言うと、フッと黒い影に飲まれて消えてしまった。
◇
気が付くと、電車は学校の最寄り駅にいつの間にか辿り着いていた。私はしばらく呆けたままでいて、ドアが閉まりそうになって慌てて電車を駆け降りた。
唐突に継ぐ唐突。理不尽の連続。あれが本物の怪異か、と私は変に納得してしまった。
それから暫くの間、幸せオジサンの都市伝説は流れ続けた。けれども、一ヶ月もしない内にある日唐突に聞かなくなってしまった。やはり今の時代は話題の移り変わりが激しいみたいで、友人たちもすっかりその話題を忘れていた。インターネットでも、SNSでも、幸せオジサンの都市伝説は風化して誰の話題にもなっていなかった。もはやその都市伝説を覚えているのは私だけみたいだった。
でも私は、今でも市多ヶ谷線の八号車に乗る時に思うことがある。
どうか願わくば、私を助けてくれたあのオジサン本人に……幸があらんことを。
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