第6回 もみじ並木の側溝 お題:秋の紅葉
◇
紅葉が美しい秋になった。けれどもその彩られた葉を見ていると、散った後のことを考えてしまう。それはきっと僕の悪いところなんだろう。言い換えれば情緒がないのだ。
「綺麗だねぇ」
中学校の帰り道にある、もみじ並木のベンチに座った彼女は、僕に小さく手を振って笑みを浮かべた。もう三年もの付き合いになる彼女だが、そのツインテールや茶色っぽい髪、半分だけ開いたような目と好き好む居場所は何一つ変わっていないように見える。
「またここに居たのか? 飽きないな」
「うん、飽きないよ」
彼女は顔を上げ、再び紅葉に目を向ける。僕もその目線を追った。
もみじ並木に沿うように設置されたベンチの先には、当然ながら反対方向のもみじ並木と紅葉をこさえる枝々が見える。そしてその隙間から覗く、小川と鉄道橋。中々綺麗な景色だけど、ひっそりと潜むように設置されたベンチに気が付く人は少ないのか、常に閑古鳥が鳴くくらいだった。かくいう僕も彼女に教えて貰えなければ、この場所を知ることはなかっただろう。
「君は、どうしてここに?」
「見ればわかるだろう」
唐突に彼女は首をかしげて、俺を見る。言葉通りに見ればわかるだろう、と俺は右手に持った竹箒をポン、と地面に突き立てた。彼女は納得するように頷いた。
「えらいね。別にやんなくたってバレないのに」
「それがバレるんだよ、なぜか。オカンにさ」
「お母さんには勝てないよね」
「悔しいことにな」
通っている中学のしきたりかなんなのか。それは定かではないが、清掃美化委員会に所属した者はこのもみじ並木を掃除する使命を課される。今日は俺の番だった訳だ。もみじが散っていないこの時期ならまだ平気だが、後のことを考えると寒気がする。実際紅葉が散った後は地獄だった。その経験があるからなのか、僕は空を彩る紅葉を素直に綺麗だとは思えなかった。
「毎回、不思議だったんだ」
僕は、ずっと胸の内に秘めていた疑問を口にする。酷い言いようだが少し世間から浮いたような雰囲気の彼女なら、受け止めてくれるかもしれないと、そう思ったから。
「枝から落ちたもみじは、当然だけどゴミとして処理される。見上げているときは綺麗綺麗と持て囃すけど、枝から離れれば邪魔者扱いだ。枝から落ちただけなのに、どうして葉の価値は変わってしまうんだろうな」
それは掃除する側、苦労する側になってしまったから生まれた思いなのかもしれない。頭では掃除もゴミとして処理されることも理解しているけど、それでもなんだか漠然としない、もやもやとしたものが胸を苦しめるのだ。これもまた、紅葉の美しさを綺麗に受け取ることができない一因なのかもしれない。
見ると彼女は、困ったような顔をして「難しいねぇ」と見事なまでに眉を八の字にしていた。
「ごめんね? あたしもそれは、仕方ないかなぁって思っちゃう」
「……そうか」
「普通の人はきっと、落ちたもみじを枝についていたもみじと同一視していない。別物として見ているんだよ。あたしだって、そうだし」
「でもね」と彼女は笑った。
「きっと君の見え方は、とても素敵で、尊重されるべきなんだと思う」
真正面から言われたその言葉は、とてもむず痒く感じた。いたたまれなくなった俺は竹箒を持ったまま、彼女の隣に腰を降ろした。
「掃除、いいの?」
「何時間でも怒られてやる」
「ふふ、嬉しい」
クスクスと笑う彼女は、何も変わっていないように見えたけれど、それは違うのかもしれない、と俺は思った。そして俺と彼女は、紅葉に再び目を向けた。
「もうすぐ卒業だねぇ」
「まだ、早いんじゃないか?」
「きっとあっという間だよ」
「そうかな」
少し気が早い気もするが、確かに俺達の中学生活が半年もないのは事実だ。
「離れ離れに、なっちゃうねぇ」
彼女の言葉に、少し驚く。意外な一面を見せた彼女を見ようとして、やっぱりやめた。見上げた先にあるもみじの枝に着いた葉は未だ離れる気配を見せなかったが、それでもやっぱりいつかは、そうなのだろうか。
「行く高校が違うだけだろ?」
「それでもあたしは、やっぱり悲しい。落ちたもみじみたいに、忘れ去っちゃいそうで」
彼女とは、別の高校に進学することになった。ただそれだけだ。引っ越す訳でも、歩く道が変わる訳でもない。会おうと思えばいつでも会える。でも彼女はきっと、不安なのだろう。
ならばと思い掛ける言葉は、一つだけだった。
「離れても、価値は変わらない。俺の目にはそう見えている」
「うん。さっき、そう言ってたもんね」
目を見合わせ、お互いの目を見つめる。お互いの繋がりを確かめ合うように。
「来年もここに来よう。秋だけじゃなくて、春も、夏も、冬も」
「うん」
お互いに笑みを浮かべて、だけど恥ずかしくて目を逸らす。目先のもみじは風に揺れ、さわさわと音を立てていた。
「きれい……」
うっとりと、呟く彼女。その時の俺達の手は、気が付けば重なり合う落ち葉のように触れ合っていた。
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