第5回 ハンドルを真ん中へ! お題:思想の強いVRChater


 ヤバイ人に出くわしちゃったなぁ、と桜並木のど真ん中で、旭日旗を掲げてあらぬことを叫び続ける黒髪の美少女アバターと目が合って、僕と友人は後退りした。バーチャル空間上で行われているソレは、皮肉にも今日もVRChatが賑わっているという、何よりの証明だった。


 VRChat。3D技術によって作られた仮想空間に入り込み、多人数でコミュニケーションを取ることができるソーシャルVRアプリ。近年のコロナ禍によってその人気はうなぎ登りと化し、その勢いは留まることを知らず人口は増え続けている。


 それが何を意味するのか。人在る所に人は在り、その数だけ思考も在る。思考であれど人それぞれ多種多様。つまるところ、変な人と出会う確率がグッと上がるのだ。


 まさに目の前にいる長い黒髪に白を基調とした浴衣を纏った美少女アバター、ユーザーネーム「DieNippon19890108」さんは変人そのものであった。


「大日本帝国万歳! 我々はまだ負けてはいない! 君たちもそうだろう!」


 そう言われて勘弁してくれよ、と友人──唐揚げに顔がくっ付いたアバター──は僕と目を見合わせた。僕はアバターを操作し、背負っていたツルハシを一応手に持った。臨戦態勢だ。


「我々はいつでも同志を募集している!」

「いや、あの」

「君たちも是非我々と本来の日本を取り戻す活動しよう!」

「えぇ……」


 まるで話を聞く気のない変人に、僕たちはさらに後ずさる。これ以上関わりたくないしブロックでもしようか、とも思ったのだが、少しだけ気になったことがあった僕は一つ質問をしてみることにした。


「あの、ちょっといいですか?」

「おい何相手しようとしてんだよ!」


 友人が静止しようとしてきたが、僕は構わず続ける。


「どうしてこの活動を現実ではなくVRChat内でやろうと……?」


 気になっていたのだ。どうして現実ではなくわざわざこのVRChat上でやろうだなんて思い始めたのか。VRChatの人口は増え続けているとはいえ、それは現実に遠く及ばないものだ。それにVRChat上にいる人間はそのほとんどが政治に興味もないようなオタクだ。とても成果が出るとは思わなかったのだ。


「よくぞ聞いてくれた! ここでやるのは、現実では全く話を聞かれないからだ」

「あー、確かに」

「納得してんじゃねぇよ……」


 現実での演説は、それこそ聞かれることがない。駅前に陣取っても、道行く社会人や高校生に白い目で見られるのがオチだ。あれほど虚しい活動はないだろう。


「でもVRChatでも同じなのでは……? こっちはブロックもありますし尚更聞かれないと思うのですが」

「あぁ、そうだ。だが中には面白がって我々の話を聞いてくれる人もいるのだ。それこそが、こちら側の利点!」

「なるほど、そうか!」

「そうかじゃねぇよ! 頼むから戻ってきてくれ!」


 そう、このVRChatには、荒らしや変人といった人間を面白がって見学しようとする酔狂な人もそこそこ居るのだ。この点はVRChatならではだろう。実際、酔っ払い共が集まり騒ぐ場所も存在する。彼の答えは大いに納得できるものだった。


「ではそういった人達を誘い込むと? しかし本気にはならないのでは?」

「そう、その通りだ。聞いてくれているとはいえ冗談半分。だが我々大日本帝国人は誰もが愛国心を持っている。そうだろう?」


 言われて、僕は考える。確かに日本人は日本が大好きだ。オリンピックしかり、文化しかり、日本をべた褒されるのが大好きだ。Youtubeではそういった動画も多く存在し、再生回数を稼いでいる。そこに漬け込み───


「徐々に洗脳していく、ということか」

「その通り! 君は素晴らしいな! 是非我々の同志となって欲しいものだ!」

「いやもう洗脳肯定しちゃってるじゃん」


 友人のツッコミがうるさいが、「DieNippon19890108」さんは大きく体を動かし笑う。彼の知見は中々素晴らしいものだ。僕も新たな知見を得ることができた。


 しかし、


「なるほど、わかりました。僕はあなたの活動に参加はできませんが、応援します」

「ありがとう。しかし、それはどうしてだ?」

「なぜなら僕は───」


 右手に持ったツルハシを、大きく天に掲げた。


「我々は労働者の自由を求めて、日々現実世界で現政府打倒の活動をしているからです」


 僕がそう言うと、DieNippon19890108さんは納得するように頷き、友人は目を見開いた。


「いや、お前も思想ひん曲がってんのかよ!!!」


 友人の叫び声が、仮想の空に響いた。

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