第4回 Sisters,Brothers or Siblings? お題:孤児院
◇
それは雨の日のことだった。僕とおねえちゃんは、家から飛び出した。
白い壁に埋め込まれた丸いガラス窓の向こう側に広がる灰色の空に嫌気が差したから、とその時おねえちゃんは言っていたけど、本当の理由はそうでないことを、僕は幼いながら理解していた。きっときっかけは、友達のなにげない一言だったんだろう。
「姉弟でけっこんはできないんだよ!」
それは誰もが知っていることだけど、改めて言われると辛かったんだと思う。おねえちゃんは強がりだけど、本当は繊細だから。現実を突き付けてくるみんなが嫌で、それを言い続けられる閉鎖された空間が嫌で。だから僕たちは孤児院を飛び出したんだ。
「寒くない?」
「うん」
雨に濡られて走り続けた僕たちの身体はすっかり冷えていた。けれど僕とおねえちゃんは雨を凌げるほどの大きな木の根元で、お互いの体温を確かめるように身体を寄せ合っていたから、寒いとは思わなかった。
ザァザァと雨の音が繰り返されている。雨を降らせている灰色の空を見上げながら、孤児院のみんなはどうしてるのかな、なんて思う。先生は僕たちを探しているのかな、おじいちゃんも僕たちを探しているのかな、みんなは今頃お菓子でも食べてるのかな。何も言わずに飛び出しちゃったから、もしかしたら大変なことになっているのかもしれない。僕はまぁ、おねえちゃんが隣にいればいいか、と思っていた。
ふと雨音に混じって聞こえた啜り声に、僕は隣に首を向けた。するとおねえちゃんは、目元を抑えて涙を流していた。
「ごめんね、ごめんね」
そう呟きながら涙を拭うおねえちゃんはとても痛々しかった。小粒の水滴が着いた長い黒髪が、より一層悲しい思いを表しているみたいだった。僕はそんなおねえちゃんの頭を撫でた。泣き止んで欲しかったから。僕が守らなきゃと思ったから。
僕とおねえちゃんは、物心付いた時からおねえちゃんと僕だった。僕たちの孤児院で一番の、唯一の年上だったおねえちゃんは、一個下の唯一のぼくによくしてくれた。その後に孤児院にぼくより年下のみんながやってきてからは、もっとおねえちゃんぽくなった。僕は僕たちを引っ張って知らない世界に連れて行ってくれるおねえちゃんが、好きだった。
僕がおねえちゃんの頭を撫で続けていると、僕が誕生日にあげた玩具の指輪がおねえちゃんの薬指でキラリと輝いた。光……ライトだ。もしかしたら、誰かに見つかってしまったのかもしれない。僕は僕たちを照らした光に立ち向かうように立ち上がった。おねえちゃんを叱ろうとするなら、守らなきゃと思ったから。
だけど僕たちの目の前に現れたのは、傘を差したおじいちゃんだった。
「やっぱりここに居たのう」
おじいちゃんは、僕たちの孤児院のせつりつしゃだ。よく孤児院にやってきてはお菓子をくれる、優しいおじいちゃん。お世話をしてくれて、イタズラをしても全然怒らないおじいちゃん。おじいちゃんも僕たちを心配して探しに来たのかな、怒るのかな、と僕は揺さぶられていた。
「どうして飛び出したりしたんじゃ?」
おじいちゃんは歩み寄りながら優しく僕に問いかける。そして僕の警戒する様子を見てか「みんなには言わんよ」と言ってホホホと笑った。
「僕とおねえちゃんが……姉弟だから」
僕は、真意を話した。おじいちゃんは優しいから、きっと言葉の通りにみんなには言わない。それにもしかしたら見逃してくれるかも、と思ったからだ。でもおじいちゃんは「なんじゃそんなことか」と頷いた。
「そんなことって……!」
僕は頭に血が昇るのを感じた。おじいちゃんなら、わかってくれると思っていたのに。そんなおじいちゃんが、そんなこと、なんて言うなんて!
「心配するでない」
おじいちゃんはそう言って、僕の頭を撫でた。頭に昇った血が、一気に元に戻ったようだった。
「お主らは、血は繋がっておらんよ」
その言葉を聞いた瞬間、まるで降り続けていた雨がピタリと止まったようだった。時間が止まったみたいだった。
「物心ついたときからおねえちゃんと弟だったから、勘違いしてもうたんじゃな。すまなかったな」
僕とおねえちゃんは、思わず顔を見合わせた。
◇
その後おじいちゃんは「自分達の足で帰ってくるんじゃぞ」と言って立ち去ってしまった。それと同時に、降り続けていた雨が魔法でも使ったかのように嘘みたいに止まっていた。
「おねえちゃん」
僕はおねえちゃんに、手を差し伸べる。おねえちゃんは最初俯いて恥ずかしそうにしていたけど、やがて声を上げて笑って僕の手を取った。
「帰ろっか!」
「うん!」
いつもみたいに、僕を引っ張って走るおねえちゃん。その薬指には玩具の指輪を光らせている。僕たちの想いは、間違っていなかった。ちゃんと実るものだった。それが嬉しくて、僕たちは笑って走った。
見上げた雲の隙間からは、太陽がさんさんと輝いて僕たちを照らしていた。
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