第32話 愛と復讐の狭間で
その夜、アッシュフォード伯爵邸では、技術革新や産業革命の恩恵を受けた経済発展の裏で、急増する移民を搾取する取引が密かに話し合われていた。
ブラッドムーンが真っ赤に染めた夜空の下、アジールメンバーたちは裏庭園にこっそりと忍び込んだ。冷たい風が木々を揺らし、どこか不吉な予感を漂わせていた。
裏口で、ルカとシャルロットと合流すると、メンバーたちは緊張感に包まれながら屋敷の中へ足を踏み入れた。
本来ならば、アジールのメンバー全員が一丸となって現場に向かうところだが、今回は違っていた。エマの強い希望により、ルカとアルベール、そしてエマの三人だけで行動することになったのだ。
この夜の闘いは、エマにとって単なる任務を超えた、彼女自身の運命に決着をつけるためのものだった。エマがその決断に込めた特別な思いは、他のメンバーたちにもひしひしと伝わっていた。
「気を付けて!」
「プチ・ぺシェで待ってるから。無理しないでね、エマ!」
「ルカ様、アルベール、どうかエマをよろしくお願いします! 」
メンバーたちは、複雑な気持ちを抱えながら、口々に声を掛けながら三人を見送った。
「みんな、行ってきます!」エマはそう言って笑顔を見せると、ルカとアルベールとともに会議が開かれている地下室へと向かった。
これが今生の別れとなることを必死に隠し、エマは、精一杯の笑顔を作った。その瞳には微かに涙が滲んでいた。
アブサンに変貌する深夜0時が迫る中、エマは立ち止まって、ルカと向き合った。
「ルカ様、辛い役をお願いしてしまってすみません。私のわがままを引き受けてくれてありがとうございます。あなたに出会えて本当によかったです。心からそう思っています。」
その言葉に胸を打たれたルカは、エマを愛おしそうに優しく抱きしめた。
ルカの心臓の鼓動を感じながら、生への執着心が再び湧き上げるのを恐れたエマは、彼の腕を振り払うように駆け出そうとした。
と、その瞬間、アルベールがエマの腕をつかんで引きとめた。
「アルベール、どうしたの?離して!行かなきゃ!」とエマは焦りながら叫んだ。
「ダメだ。まずはルカ様が行く。お前はここで待て。」アルベールが冷静にエマを諭した。
その間、ルカは「ごめんな、エマ」と言い残して、一人で現場へと駆け出していった。
ルカの背中からは揺るがない覚悟が伝わってきた。ルカは、この闘いを自らの手で終わらせようとしていたのだ。
「ルカ様、待ってください。私も行きます。」エマは、ルカの後ろ姿に叫び、必死で追いかけようとした。
「聞け、エマ、お前の覚悟を知って、ルカ様は自分で決着をつけたいと思われたんだ。そんなルカ様の気持ちを分かってくれないか?」アルべールは、エマを必死に抑えながら説得した。
「でも、このままではルカ様は死んでしまう。ルカ様の絵を待っている人たちがいるの。。。」エマは、焦りに震えながら訴えると、床に崩れ落ちた。
そのころ、部屋に突入したルカは、迷うことなく拳銃を伯爵に向けて発砲した。
しかし、ボディーガードの素早い対応で、その弾丸はわずかに外れ、伯爵の肩をかすめただけだった。すると鋭い目つきのボディーガードたちが一斉にルカに飛び掛かり、ルカを押し倒して取り押さえた。
「何事だ、ルカ!」伯爵の怒声が部屋に響き渡った。
ルカは、伯爵をにらみつけながら「もうあなたとの関係を終わらせたい」と決然とした声で答えた。
その声には、長い間蓄積した伯爵への憎悪がにじんでいた。
リチャードは冷たく笑い、「ルカ、お前にそんなことができると思っているのか?」と侮蔑の言葉を投げかけた。
「ルカ、俺に歯向かうやつはどうなるか、お前ならよく分かっているはずだ」と伯爵は不敵な笑みを浮かべ、じっとルカを見据えた。無情なその目には、躊躇も情けも一切なかった。
伯爵の合図を受けたボディーガードたちは、一斉にルカに向けて拳銃を構えた。ルカもまた、高鳴る鼓動を抑えながら、拳銃を握り直し、ボディガードたちに抵抗するように再び構えた。
部屋には張り詰めた緊張感が漂い、一発でも引き金が引かれれば、すべてが終わる一発触発の状況に追い込まれていた。
一方、エマとアルベールの間では、激しい押し問答が続いていた。しかし、深夜0時が過ぎ、エマがいよいよアブサンに変貌し始めると、アルベールは、エマの腕をつかんでいた手をそっと緩め、エマを送り出した。
二度と振り向くことのないエマの背中を、アルベールは切ない思いでじっと見送っていた。
娘のようにずっと大切にしてきたエマを送り出すことは、アルベールにとって苦渋の選択だった。アルベールの心には、エマを永遠に手放すことへの深い哀しみと諦めの気持ちが広がっていた。
アルベールのそんな思いをよそに、ルカの命を守りたいという一心で駆け出したエマの目に映るのは、ルカの姿だけだった。愛する彼を守るためなら、どんな犠牲もいとわないという決意がエマを突き動かしていた。
ルカもまた、エマを守るため、そして自分自身の宿命に決着をつける覚悟を固めていた。エマを巻き込むことなくこの闘いを終わらせたい、それがルカの願いだった。
しかし、そんなルカをエマがただ黙って見過ごすはずがなかった。
「私も一緒に闘います。これは、私の使命でもありますから。」エマは心の中でそうつぶやいた。
エマは、ルカの決意に寄り添いたいと心から願っていた。ルカの覚悟を理解しながらも、彼を一人で闘わせることなどできなかった。
お互いを思いやる愛情とお互いを守り抜こうとする意志が交錯する中、二人の心は深く結びついていた。そんな二人を、もはや誰も止めることはできなかった。
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