第29話 ルカの心に刻まれたエマの真実
カフェの休業日だったある日の朝、エマがカフェに下りていくと、アルベールとヴィクター、そしてシャルロットがテーブルに座り、深刻な表情で話し合っていた。
早急に話したいことがあるということで、シャルロットがカフェを突然訪れたのだった。
シャルロットは、独自の情報ネットワークを駆使して、秘密裏にピエールの事件について捜査をしていた。そしてついに、この街の闇ビジネスの市場を支配している黒幕の正体を突き止めたということだった。
「黒幕は、私の父親、アッシュフォード伯爵です。弟のリチャードも深く関与しているようです」とシャルロットが静かに告げた瞬間、部屋の空気は一気に張り詰めた。
ヴィクターも独自の情報網でピエールの事件について情報収集をしていたが、彼がたどり着いた結論もシャルロットと同じものだった。
シャルロットは、アッシュフォード伯爵とリチャード、そして彼らの取り巻きを一掃するようアジールに依頼しに来たのだった。
二人の見解を聞いたアルベールが、「シャルロット様、社会のためとはいえ、ご自身のお父様を。。。」と戸惑いながら言うと、シャルロットは毅然とした口調で返した。
「私は、血の繋がりに特別な価値を感じたことは一度もありません。」
その言葉には、貴族の令嬢という立場であるシャルロットが、これまで人知れず抱えてきた複雑な思いが込められているようだった。
最愛の人ピエールを失った今、シャルロットに迷いはなかった。
この街にはびこる犯罪を根絶するためには、アッシュフォード伯爵を倒さなければいけないというのが、三人の一致した見解だった。
次の日、アルベールは、アジールメンバーを地下室に集めると、アッシュフォード伯爵邸の掃討計画の準備にとりかかった。
これが最後のアジール活動になるだろうという覚悟が、メンバー全員の胸に重くのしかかっていた。
エマは、これまで共に闘ってきたメンバーたちを見渡し、胸にこみ上げてくる感情を必死に抑えながら、深い感謝の気持ちを伝えた。
「みんな、今まで本当にありがとう。私がここまで来れたのは、みんながそばにいてくれたおかげ。みんなと出会えて、カフェオーナーという夢を叶えられて本当にうれしかった。こんな素敵な仲間と一緒に過ごせて幸せだった」と続けた。
声が震えないように気を付けながらも、その言葉には、別れの寂しさと皆への深い愛情がにじみ出ていた。
「なんかエマがいなくなっちゃうみたいじゃない」とソフィアが冗談ぽっく茶化すと、
「僕にもっといろいろ教えてよ。まだまだやることがあるんだから」とロランが明るく言った。
レオとニコレッタもエマを励ますように声を掛けた。
「エマ、これからもみんなでカフェを盛り上げていきましょう。」
「そうよ!プチ・ペシェはまだまだこれからが本番なんだから」としんみりした雰囲気を取り払おうと皆必死だった。
しかし、エマがこの闘いで命を賭ける覚悟を持っているのではないかという不安が、誰の心にも消えずに残っていた。
その不安が、彼らをより一層強く結びつけ、エマに寄り添っていた。彼女を支え、守りたいという思いが、メンバー全員の心に静かに燃え上がっていた。
ブラッドムーンの緋色の光が、まるで燃え上がる炎のようにアッシュフォード伯爵邸を包む夜、アジールメンバーたちは、伯爵とリチャードを粛清するため邸宅へと向かった。
今回はアジールによる悪徳者の掃討活動は、クライマックスとも言える計画で、シャルロットの協力を得て、入念に準備を進めてきた。
相手はこの街のアングラ世界を牛耳る黒幕であり、一瞬の油断も許されない緊張感が漂っていた。
シャルロットの誘導に従い、門衛のいない裏口から屋敷に入ると、地下のワインセラーの奥にある地下室へと向かった。
今夜、そこでは、アッシュフォード伯爵、リチャードそして数人の取り巻きたちが、ワイングラスを片手に秘密の会合を開く予定になっていた。
すべては計画通りに進んでいるはずだった。しかし、予期せぬ事態が発生した。外出しているはずだったルカが予定を変更して、突然屋敷に戻ってきたのだ。
気が動転したエマは、アブサンに変貌する自分の醜い姿をルカに見せたくない一心で、とっさに屋敷を飛び出した。
そして、アブサンに変貌したエマが暴れ、何らかの被害を出す恐れがあるため、レオとニコレッタとソフィアは、すぐにエマの後を追った。
シャルロットが何とかその場を取り繕おうとしたものの、アルベールとシャルロットはルカに見つかってしまい、状況がつかめていないルカにすべて打ち明けざるを得なくなった。
エマが魔女の復讐の呪いにかかり、深夜0時にはモンスター・アブサンに変貌すること、そして、エマが父親のコルデー子爵を含めた数々の襲撃事件を引き起こしてきたこと、それがすべてアジールという闇組織の活動の一環であり、自分たちがそのメンバーであること。
さらに、アッシュフォード伯爵とリチャードをまさに今日暗殺する計画があったことも、アルベールは包み隠さず、ルカに打ち明けた。
エマが背負わされている運命の重さを目の当たりにしたルカ。
出会って以来、エマが自分に見せてきた笑顔の裏には、こんなにも深い哀しみが隠されていたとは思いもよらなかった。エマが抱えてきた苦悩を想像すると、ルカの心は張り裂けそうだった。
しばらくの間、ルカはただ黙って聞いていたが、やがて独り言のようにつぶやいた。
「エマが、魔女の復讐の呪いを受けていたのは本当だったのか。」
ルカは、かつてカフェで起こった強姦事件の際に見た、エマの胸元に刻まれた紫の呪いの刻印のことを思い出した。「あの紫の刻印はそういう意味だったのか」と苦しそうにつぶやくと、両手で顔を覆った。
「なんでエマがそんな目に遭わないといけないんだ?あいつが一体何をしたっていうんだ?」
ルカの声は震え、無力感とやり場のない怒りに押しつぶされそうになっていた。
「あいつは何も言わなかった。俺が哀しそうだって?お前の方がずっと哀しんでいたんじゃないか。」
ルカは、エマの痛みや哀しみを感じ取れず、無力だった自分がどうしても許せなかった。
シャルロットもアルベールも、初めて見るルカの激しい感情の波を前に、何も言えず立ち尽くしていた。
しばらくするとレオが戻ってきた。
森の中でアブサンを何とか捕獲し、修道院の地下牢で監禁しているとのことだった。
レオはカフェへ、シャルロットは自室へ戻ると、アルベールとルカは、急いで修道院へと向かった。
修道院に到着した二人は、カトリーヌに案内されて会議室に通された。ニコレッタとソフィアは、すでに客室で休んでいた。
アブサンが修道院の地下牢でエマに戻るのを待っている間、アルベールはルカにエマの生い立ちを話し始めた。
ルカのエマへの思いが真剣であることを感じ取ったアルベールは、彼はエマの過去を知るべきだと考えたのだった。
エマの幼少期の過酷な環境、孤児として育った修道院での日々、そして彼女が背負ってきた数々の試練と苦しみ。アルベールが一つ一つ語るたびに、ルカの胸に次々と重く突き刺さるような痛みが広がっていった。まるで目の前で崩れ落ちる壁のように、エマの背負う哀しみと苦しみがルカの心に押し寄せてきたのだった。
アルベールは、そんなルカの様子を見て、悔しさをにじませながら語った。
「エマは、俺にとって娘のような大切な存在です。あいつは、もう十分苦しんできました。これ以上苦しむ姿は見たくありません。あいつには、もっと平穏な生活を送ってほしいんです。」
しばらく考え込んでいたルカだったが、覚悟を決めたような表情で、アルベールに向き直ると静かに口を開いた。
「アルベール、ひとつお願いがあるのだが。。。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます