異世界で紡がれるアラフォー女性の復讐譚

第27話 復讐の炎が燃え上がる時

その日のヴィクターは、いつもと違う張り詰めた空気をまとい、プチ・ペシェに姿を現した。

地下室で開かれるアジールの会議のためではなく、別の件で訪問したのだった。

「エマ、ちょっと話があるんだ。」

閉店作業をしていたエマに、ヴィクターが声をかけた。

いつもと違う緊張感に気づいたエマは、ソフィアに後を任せると、ヴィクターとともにアルベールのいるカフェ3階の事務所へと急いだ。

部屋に入るとヴィクターは、慎重に言葉を選びながら静かに告げた。

「シャルロット令嬢の婚約者が暗殺された。オズワルド子爵の子息、ピエールだ。」

エマとアルベールは、驚きの余り、顔を見合わせた。

シャルロットが婚約しているという噂は耳にしていたが、詳細は知らなかった。

「俺の推測だが、ピエールは、闇ビジネスを牛耳る組織に殺された可能性が高い」とヴィクターが告げると、エマはすぐに問い返した。

「ピエール様が闇ビジネスに関わっていたということですか？」

「いや、彼はむしろ闇組織の悪事を暴こうとしていた。それが命取りになったんだろう。それにしてもなぜピエールが、しかもこのタイミングで狙われたのかが引っかかる。」

ヴィクターは眉をひそめ、何か腑に落ちないものを感じている様子で言葉を続けた。

「ただの偶然とは思えない。まるで何か大きな陰謀が背後にあるような気がしてならないんだ。」

エマは絶句した。と同時にシャルロットの心痛を思うと胸が締め付けられそうだった。

ヴィクターはさらに衝撃的な事実を明かした。

「まだ確証は持てないが、その闇組織は、おそらく俺たちが追い続けているターゲットと同じだ。」

その一言でその場の緊張が最高潮に達した。

エマは、決意の表情でアルベールに言った。

「今こそ、シャルロット様にアジールの活動をお伝えして、協力をお願いすべきです。」

「そうだな」アルベールも険しい顔でうなづいた。

数週間後、シャルロットに面会を求めたところ、すぐにでも話がしたいとの返事がきた。エマはアルベールとヴィクターとともにアッシュフォード伯爵邸へと向かった。

エマたちが邸宅に到着すると、メイドのセシルが出迎えてくれた。

「ようこそいらっしゃいました。シャルロット様が応接間でお待ちですので、ご案内します。」

エマは心配そうに「セシルさん、シャルロット様の具合はいかがですか？」と尋ねると、

「気丈にふるまっておられますが、かなりお辛そうです。ルカ様も私もなんとかお力になりたいと思っているのですが。。。」

エマたちが応接間に入ると、少しやつれた様子のシャルロットが出迎えてくれた。

「シャルロット様、お時間を割いていただき、ありがとうございます」とエマは丁寧に頭を下げた。

「いいえ。ご足労感謝します」とシャルロットは応じたが、その声にはほとんど生気がなかった。

シャルロットの顔には疲れがにじみ出ており、普段の凛とした美しさからは想像もつかないほどだった。それでもシャルロットは、必死に笑顔を作ろうと努めていたが、その微笑みにはどこか痛々しさが感じられ、エマは見ているのが辛かった。

シャルロットと初対面のヴィクターが自己紹介を済ませると、全員がソファに腰を下ろした。

まず、アルベールがアジールの存在、これまでの活動とその目的について説明を始めた。

シャルロットは、じっと黙って耳を傾けていたが、静かに口を開いた。

「つまり、ピエールを殺した者は、あなた方アジールが追っている者と同じだということですね？」

シャルロットが確認するように尋ねると、

「はい。その可能性はかなり高いと考えています」とヴィクターが即答した。

シャルロットは、しばらく黙り込み、遠くを見るように目を細めた。過去の記憶と現在の悲劇が交錯し、彼女の心の中には深い闇が広がっていた。

ピエールを失う前に、シャルロットは一度子供を授かった。しかし、無情にもその命は流産によって奪われてしまった。そのことを彼女は誰にも打ち明けることなく、ずっと心の奥深くに秘めていたが、その傷は今もなお生々しく疼いていたのだった。愛する子供とピエール、次々と大切な存在を失ったシャルロットの哀しみは、想像を絶するものだった。

夜一人静かな部屋で過ごすと、愛おしい命の鼓動が消えていく瞬間が何度も思い返され、その度に耐えがたい悲しみがシャルロットの心を締めつけた。毎朝目覚めるたびに、隣にいるはずのピエールの笑顔がもう二度と見られない現実に直面し、その喪失感が彼女の心を蝕んでいた。

シャルロットの心には、深い孤独が重くのしかかり、その哀しみは日ごとに深まっていった。どれだけ涙を流しても、その傷は癒えることなく、その哀しみは次第に怒りへと変わり始めていた。

愛する者たちを次々と奪われたシャルロットにとって、もはや失うものは何もなかった。

ピエールの命を奪った事件の真相を聞いたことで、シャルロットの中で何かがはじけた。

シャルロットの心には、愛する者を奪った者たちへの激しい憎しみと、失われた命への償いの念が渦巻き、その感情が彼女を復讐へと突き動かしていた。

「私にできることはありますでしょうか？」シャルロットのその声は冷たく震えていた。

「シャルロット様のお力が必要です。ぜひご協力ください。」

エマのその声には、これからの闘いに挑む覚悟がにじんでいた。

そしてシャルロットもまた、エマの言葉に深くうなずき、静かに拳を握りしめた。彼女の心には確かな決意が宿っていた。