第24話 シャルロットの哀しみ
プチ・ペシェ再建計画は、メンバーたちの努力によって着々と進められていた。
宅配サービスは、特に高齢者に好評で、子供連れをターゲットにした戦略が功を奏し、新しい客層にもリーチできるようになった。
アルベールは、魔女伝説とエマ、つまりプチ・ペシェの関係を完全に否定し、今後も慈善活動に積極的に取り組んでいく意思をメディアを通じて表明した。
新聞記者のクリスの配慮もあって、その声明は大々的に取り上げられ、カフェに対する世間の悪評は次第に消えていった。
ノアをはじめ貴族たちがプチ・ペシェに足を運んだことで、その評判を聞きつけたミーハーな客たちがカフェを訪れるようになった。貴族たちの来店がカフェの信用度をさらに高めたおかげで、売り上げも回復基調に乗り、危機的状況をなんとか乗り越えることができた。カフェメンバーたちは、ひとまず安堵の息をついた。
先日のルカの様子を考慮し、エマはしばらくルカへの連絡を控えていたのだが、ノアが気を利かせてルカに連絡をしてくれたらしく、ルカはシャルロットと一緒に何度かカフェを訪れた。
「ルカがあまりに美味しいって言うから、一度ここのマカロンが食べてみたかったの。このラスベリーのマカロン、色鮮やかで上品な甘さでとてもおいしいわ」とシャルロットがにっこりと微笑んで言った。
その向かいに座っていたルカは、「大変だって言うから心配してきたのに、結構繁盛してるじゃないか」と少しふてくされたように言った。その不愛想な言葉の中にも、ルカが自分のことを気にかけてくれている気持ちを感じ取り、エマは胸が温かくなった。
「ルカは、エマの前だと、いつもそうやって悪態をつくんだから」とシャルロットが笑いながら軽くたしなめると、ルカは照れ隠しのように顔をそむけた。
姉と弟のほほえましいやり取りを見て、エマは思わずくすっと笑ってしまった。
ルカの変わらない様子に、エマは安心感を覚え、そっと胸をなでおろしたのだった。
その日の夕方、ロランはカフェの片隅で何か黙々と作業をしていた。ロランが孤児院での支援活動を手伝っていることは、カフェメンバー全員が知っており、エマはいつも積極的にサポートしていた。
「ロラン、今日は何をしてるの?」とエマが尋ねると、「孤児院の子供たちが作った本のしおりを配ってるんだ。彼らが自分の手で作ったものを他の人々に届けることで、与える喜びを感じてもらいたくてね」とロランがにっこり笑って答えた。
孤児院では、金銭的な支援を受ける代わりに、手作りのお菓子や日用品を提供する活動が定期的に行われていた。
その活動は、受けるばかりではなく、与えることで自立心を育むことを目的としていた。
この日ロランが配っていたしおりには、世界一短い小説と知られる次の言葉が書かれていた。
「売ります。ベビー服。未使用」
たった一文でありながら、その行間からはさまざまなストーリーや感情を読み取ることができ、読む人の心を揺さぶった。
ルカとシャルロットは、帰り際にロランが配っているそのしおりに目を留めた。
何気なく手に取ったしおりの一文を読んだ瞬間、シャルロットの顔色が曇った。
彼女の心に何か重いものがのしかかったようだった。
心配したロランが、「どうしましたか?」と尋ねると、シャルロットは少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「この言葉の裏には、きっと計り知れない哀しみが隠れているわね。」
シャルロットは、その短い言葉の裏に、自分と同じような哀しみを抱えた誰かの姿を感じ取ったのだった。過去の悲しい記憶が、暗い影となってシャルロットの全身に覆いかぶさっているように見えた。
シャルロットの痛みを察したエマは、「哀しみにしか癒せない哀しみというものがあるような気がします。何かを乗り越えていくためには、哀しみの共感が必要かと」とそっとささやいた。
その言葉には、シャルロットの心に寄り添いたいと願うエマの優しさが刻まれていた。
「そうね」と答えたシャルロットの声はかすれていて、痛々しかった。
エマはルカに視線を向けてさらに続けた。
「それこそがアートの力だと思うんです。哀しみを描いた絵画や小説が多く存在するのは、時代を越えて人々がその感情に共感し、求めてきたからではないでしょうか。」
その言葉にはっとしたルカがエマを見ると、彼女は優しく微笑んでいた。
心を覆っていた重い雲が少しずつ晴れていくのを感じた。
ルカは、アートの世界に身を置く無意味な自分に苛立ちを覚えていた。どんな素晴らしい絵を描いても、現実の苦しみを取り除けるわけではない。その無力感に対するやるせなさが心に渦巻いていた。
しかし、自分の絵が誰かの琴線に触れることができるのなら、それは決して無駄なことではないのではないか、とルカはふと我に返った。
アートには人の感情を映し出し、他人と分かち合う力がある。それは時間や場所を越えて、人々の心にいつまでも生き続けるものなのだと、改めて気づいたのだった。
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