第23話 ルカが初めて見せた弱さ
エマは、ルカにも計画中のアフタヌーンティーへの参加をお願いしようと考え、紅茶とマカロンを手にいつもの海辺へと向かった。
伯爵邸を訪ねるよりも、いつもの海辺の方が気軽に話せるのではないかと思ったからだった。
必ず会えるという確証はなかったが、エマには根拠のない確信があった。きっとルカはそこにいるだろうと。
その日の夕日は、薄曇りの空にぼんやりと光を落とし、どこか憂鬱な気持ちを反映していた。弱々しい光が海の中へ沈んでいく様子は、まるで疲れ果てた人々の心を映し出しているようだった。
エマが海辺に着くと、ルカはすでにベンチに座り、静かに夕日を眺めていたが、その様子が、なんとなくいつもとは違うように感じられた。手にはコーヒーもマカロンもなく、その瞳の奥に潜む哀しみの色が、いつもより色濃く見えた。
「ルカ様、大丈夫ですか?」とエマは心配そうに声を掛けた。
ルカはゆっくり顔を上げて、気だるそうな声で返事をした。
「やあ、エマ。例の件、大変だったな。お前こそ大丈夫?」
「私は大丈夫です。ルカ様こそ何かあったのですか?すごく疲れているように見えますよ。」
エマは、紅茶とマカロンをベンチの端に置き、ルカの隣に座った。
「何でもない。マカロンを食べたら治るよ、きっと」と軽い調子で言ったが、その表情には力がなかった。
エマが差し出したマカロンを口にしながら、ルカはさらに考え込んでいるようだった。
しばらく二人の間で沈黙が続いた。
今日のルカはそっとしておいた方がいいかもしれない、と立ち上がろうとしたその瞬間、ルカはエマの腕をつかみ、肩にもたれかかってきた。
「少しだけこのままでいてくれないか?」と甘えるような弱々しい声でささやいた。
いつもの生意気な態度とは違う様子に、エマは当惑しながらも、そっと彼を抱きしめた。
ルカは、エマに身をゆだねると、少し安心したのか、そっと目を閉じた。
ルカが初めてエマに弱さを見せた瞬間だった。
エマは、そんなルカを見つめながら、無意識のうちにに彼の髪をそっと撫でていた。
息子の髪を撫でていた時の記憶がよみがえり、反射的に手を伸ばしてしまったのだ。
以前同じことをして、ルカに嫌がられたことを思い出したエマは、慌てて手を引っ込めた。
するとルカは目を閉じたまま、「いいから、続けてよ」とまるで子供がねだるように言った。
以前は拒絶していたその触れ合いを受け入れたルカの態度に、エマは心の奥底で、何とも言えない感情が湧き上がるのを感じた。
ルカの硬い殻が少しずつ剥がれ落ちていくのを感じながら、エマは優しく彼の髪を撫で続けた。
しばらくすると、ルカはかすかな声で自分の胸の内を吐露した。
「俺が描いているアートは、所詮、金持ちのための贅沢な娯楽に過ぎないんだ。世の中には、食べ物もろくに手に入らず、飢えに苦しむ子どもたちがたくさんいるのに、そんな現実を前に、俺は何もできていない。そんな自分に一体どんな価値があるんだろう。。。」
その言葉には、ルカの深い苦悩と無力な自分への憤りが込められていた。
絵を描くことが、世の中の痛みに対して無力に思えてしまうルカ。彼はその迷いの中で、自分を見失いかけていた。エマは、そんな彼をほっとけなかった。
ただその時のエマには、「あなたのことなら全部受け止めますから。」そう言って、ルカを抱きしめてあげることしかできなかった。
エマは、ルカの存在が自分の中でどんどん大きくなっていくのを感じ、戸惑いながらもその気持ちを受け入れ始めていた。
ルカが抱えてきた辛い過去を知ったのは、もう少し後のことだった。
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