第20話 階級を越えた子供たちの出会い
この日は、7歳から12歳の貴族の子供たち、平民の子供たち、そして孤児たちを招いたパーティーがダーリントン伯爵邸で開かれた。
プチ・ペシェも主催者の一員として参加した。いつものようにノアやルカ、シャルロットも協力してくれた。彼らの金銭的なサポートのおかげで、いつも資金繰りに苦労しているアルベールも、今回は安心して準備を進めることができた。
子供たちは成長するにつれて、社会の常識や固定観念に影響を受け、純粋な心を失ってしまいがちだ。だから大人になる前に、階級や身分の違いを越えた友情や人間の価値を育んでほしいとの願いが、このイベントには込められていた。
大人たちの中にはこのイベントに眉をひそめる者も少なくなかったが、たとえ少数でも賛同者がいれば、そこから自分たちが信じる社会の在り方、未来を示すことができるとエマは固く信じていた。
また、エマには元の世界に残してきた息子に対する拭いきれない罪悪感があった。息子にしてあげられなかったことを他の子供たちにしてあげることで、その罪を少しでも償おうとしていたのも偽らざる事実だった。
しかし、どれだけ多くの子供たちに手を差し伸べても、その後ろめたさは決して消えず、エマの心の奥で古傷のようにうずき続けていた。
エマは、このイベントをより多くの人たちに知ってもらうため、新聞記者のクリスに宣伝の協力をお願いした。
「すばらしい企画だから、もちろん協力させてもらうよ」とクリスは快く引き受けてくれた。
この日のため、エマたちは、貴族の子供にも平民の子供にも孤児たちにも、同じデザインの服を特別に用意した。同じ服装にすることで、目に見える形での階級の差を感じさせないようにしたかったからだ。
このイベントの趣旨に賛同した仕立て屋が、協力して制作してくれたのだ。エマは、心ある人はまだこの街にはたくさんいる、との思いを強くした。
貴族や平民の親たちの中には、イベントに子供と一緒に参加したいと希望した者もいたが、親のいない孤児たちが寂しい思いをしないよう事情を話して遠慮してもらった。
イベントが始まると、わんぱくな孤児の言動に繭をひそめる貴族の子供もいれば、思い通りにいかないとすぐにすねる貴族の子供に手を焼く平民の子供も見られた。
しかし、そこには、階級や貧富の差を越えた子供たちだけのフラットな世界が広がっていた。今回のイベントは、ノアの提案から生まれたものだった。
「僕は、貴族の子供だったから、貴族以外の子供と遊ぶことは禁止されていたんだ。遊び場も限られていたしね。自由に遊べる平民の子や孤児たちがうらやましかったんだ。」
ノアは、自分の子供時代の体験を元に、新たな慈善活動を提案してくれたのだ。
同じ時代、同じ街で暮らしていながら、決して交わることのなかった子供たち。彼らが知り合う機会を提供することに、エマたちは大きな意義を感じていた。
一方でエマの心には、すべての子供たちを助けてあげることができない残酷な現実への後ろめたさが常にあった。
自分の非力を嘆きつつ、少しでも目の前にいる子供たちの力になりたい、とエマはこつこつと活動を続けて来たのであった。
そのイベントを通じて、エマはロランという12歳の少年と出会った。ロランは孤児院で育ち、他の子供たちとは違い、どこか大人びた冷めた雰囲気を持っていた。
「僕の家は貧しくて、父は行方不明、母親は病気になっても病院に行けず、亡くなった。それで僕は孤児になったんだ。お金に左右される人生って悲しすぎるよ。この世の中ではお金こそすべて。お金を持つ奴が強者なんだ」と、ロランは自分の境遇を語るとさらに続けた。
「僕はこんなにお金に苦んでいるのに、貴族の子供たちは、贅沢な暮らしをしている。僕は何か悪いことをしたの?貴族の子供たちの方が、僕たちより価値があるの?この違いは何? 」
エマは、ロランがぶつけてくる問いに何一つ答えられない自分が情けなくなった。彼の問いは、エマ自身が抱えてきた疑問でもあったのだ。
「ロラン、ごめんね。あなたの問いに答えられなくて」とエマは謝ると次のような提案をした。
「うちのカフェで働いてみない?お金に囚われない人生について考え、あなたの抱えている問いの答えを一緒に見つけない?」
ロランは、突然のエマの提案に少し驚いたが、快諾した。その瞳は、希望の一筋を見つけたかのようにきらきらと輝いていた。
「お前、あの孤児を雇ったのか?」
ノアと一緒にやってきたルカが少しあきれたように言った。
「はい。あの子がお金に囚われない人生を自らの手で築けるよう、手助けできればと思ったんです」
とエマはきっぱりと答えた。
しかし、それを聞いたルカは無言のまま、その場を立ち去っていった。
以前からエマは、ルカが孤児に対して見せる冷淡な態度に違和感を覚えていた。ルカがなぜそんな態度を見せるのか、どこか釈然としないものを感じていた。
「ルカ様は孤児に対して何か特別な感情を抱いているのでしょうか?」とエマがノアに尋ねると、
「さあ、どうなんだろうね」と、ノアはどこか切ない表情でつぶやいた。
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