第19話 夕暮れに揺れる二つの心

その日もエマは、紅茶とマカロンを手に、いつもの海辺で沈みゆく夕日を眺めながら、物思いにふけっていた。


しばらくするとルカもコーヒーとマカロンを持ってやってきた。


エマの胸元には、ルカが贈ったキャンドル型のネックレスが、夕日に照らされ輝いていた。


それに気づいたルカは、ふと嬉しそうに目を細めた。


その海辺は、もはやエマとルカの特別な憩いの場となっていた。


お互い、次はいつ来るのかを尋ねたことはなかったが、その曖昧な距離感が二人には丁度よかったのだ。


エマは、遠くを見つめながらぽつりと口を開いた。


「私は、朝日よりも夕日が好きなんです。希望に満ちたキラキラした朝日は私にはまぶしすぎますから。その日どんなことがあっても、すべてを包み込むように許してくれる黄昏時の夕日が、私の性には合っているように思っています。」


「俺も、もしかしたら許しを夕日に求めているのかもしれないな」とルカは珍しく真剣な口調でつぶやいた。


「生も死も、この世のすべては、思うほど大したものではないと思うんです。だから思いつめなくていいんです。いつかその時が来たら、お先に失礼しますってこの夕日のように静かに消えればいいんです。意味も価値もない人生だったとしても、夕日だけは、よくがんばったね、って褒めてくれるような気がするんです。」


そんなエマの言葉を硬い表情で黙って聞いていたルカの髪は、夕日に照らされて光り輝いていた。やさしく風になびくその髪があまりにきれいだったので、エマは思わず尋ねた。


「あの、ルカ様の髪に触れてもよろしいですか?」


「別にいいけど。。。」少し躊躇した様子のルカの髪にそっと手を伸ばした。


その瞬間、エマの中で眠っていたはずの過去の記憶が鮮明によみがえった。


かつて息子の髪を撫でた時と同じような感覚に、胸が苦しくなるような懐かしさをエマは感じたのだ。


「ああ、やっぱり。。。ルカ様の髪、細くて柔らかいですね」と、遠い記憶に思いを馳せながらつぶやいた。


そんなエマに、ルカは不機嫌な表情を見せると、彼女の手首をつかんだ。


「俺を見て、俺の知らない誰か他の奴を思い出すのはやめてくれ。。。過去に囚われるのは、もう終わりにしないか?大切なのは今だろ?」


その言葉には、過去に囚われている自分自身への戒めが込められているだけでなく、エマへの特別な感情も隠されていた。


突然のルカの強い口調に、心を見透かされたようでエマはたじろいた。


心の中ではその通りだと思いつつも、過去から逃れられずにいる自分に気づかされたのだった。


「そうできたらいいのですが。。。」とエマは苦しそうにつぶやいた。


ルカは、少し言い過ぎたことに気づき、一言「ごめん」と謝った。


それぞれの胸に潜む過去の影が、重苦しく二人の間に漂っていた。


エマと出会って以来、ルカの心は日ごとに彼女への思いで満たされていった。


と同時にその気持ちとどう向き合えばいいのか分からず、もやもやした感情に苛まれていた。


エマに惹かれつつある自分を自覚しつつも、その気持ちが抑えきれなくなるたびに、自分自身に対する苛立ちが募っていくのだった。


「おかしくなりそうだ。。。」と、ルカは深いため息をつきながら、苦しそうにつぶやいた。


エマもまた、ルカの心の中で渦巻く複雑な心の動きを感じ取りながら、それをどう受け止めたらいいのか迷っていた。


二人の間に生まれた感情は、言葉にできないまま、もどかしさと切なさを帯びて二人を取り巻いていた。


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