第12話 二人の交錯する感情
その日の夕日は、初夏の柔らかな光を帯びて一段と美しく輝いていた。
エマは、黄金に輝く夕日のシャワーを浴びながら、プチ・ペシェからテイクアウトした紅茶とマカロンを手に、自分だけの空想の世界に耽っていた。
エマが人付き合いが苦手なのは、他人との境界線が曖昧になりがちだからだ。他人の言動に敏感に反応してしまい、疲れ果ててしまうことがよくあったのだ。
そのため、自分をさらけ出すのが怖くなり、どうしても心を閉ざしてしまうのだった。
だからこそ、夕日の海辺での孤独な世界は、エマにとって自分自身と対話するためのかけがえのない癒しの空間であり、現実から逃避できる場所でもあった。
しかし、孤独に慣れ親しんだエマの世界は、ルカとの交流によって少しずつ色づき始めていった。
「やあ、また会ったね」と、ルカがわざとらしい挨拶をしながら、マカロンとコーヒーを手に現れた。
「うちのカフェのマカロンとコーヒーじゃないですか?」と聞くエマに、
「そうだよ。今寄ってきたところ」とルカがマカロンを頬張りながら、明るく答えた。
「こじんまりしているけど、素敵なカフェだったでしょう?」とエマが尋ねると、
「まあね。アルベールにはあまり歓迎されなかったけど」とルカは少し不満げに言った。
「あはは、アルベールは根が真面目ですから」とエマは苦笑いを浮かべたが、心の中では、ルカの馴れ馴れしさがアルベールには耐えがたかったのだろう、と想像するのは容易だった。
ルカは、エマの様子をじっと見つめながら「なんだか今日は疲れてるみたいだな」と心配そうに声を掛けた。
「そうですか?最近、カフェの仕事が忙しいからかもしれません」と少し驚きながら答えた。
実際、アブサンに変貌するとかなりのエネルギーを消耗するため、身体が重く、疲労がたまっていたのは確かだった。
その微妙な変化に一目で気づかれたことで、ルカには自分の内側をすべて見透かされているような気がして、エマの胸はざわついたのだった。
「先日のチャリティーショップ、参加できなくてごめんな」とルカがふと思い出したように言った。
「気にしないでください」とエマは軽く返したが、「家族のことでいろいろあってさ」とルカがつぶやくように言った。
その後、二人は黙ってマカロンと飲み物を味わいながら、それぞれの世界に浸った。
一緒にいるのにどこか孤独。その空間は、エマにとって不思議と心地のよいものだった。
言葉が交わされることは少なかったが、その静寂の中で、二人の距離は少しずつ近づいていることをお互いに感じていた。
しばらくすると、エマは自分の過去について語り始めた。ルカが聞いているかどうか分からなかったが、それでも構わなかった。他人にすべてを伝えようとしても、伝わらないことの方が多いのだから。それに、基本的に人は他人のことになんて興味がないものだから。
「私、孤児だったんです。修道院の孤児院で育ちました。辛いことも人並みにいろいろありましたが、その度に素敵な人に助けられてきました。今の私があるのはそんな皆さんのおかげ。本当に感謝しています。だからこそ、辛い境遇にある人のために少しでも力になれればと思い、慈善活動に力を注いでいるんです。」
エマには、慈善活動を通じて、自分自身も変わっていくことに気づいていた。
「優しくしてもらうことで、人は救われます。私もそうやって救われてきました。でも最近気づいたんです。誰かに優しくすることでも救われるんだって。」
それはエマの偽らざる思いではあったが、彼女の心の奥にはまだ言葉にできない複雑な感情が渦巻いていた。
エマの言葉に耳を傾けながら、ルカは静かに言った。
「大変だったな。人生には思い通りにならないことが多いけど、いつか必ず終わる。そう考えると、救いでもあるな。」
その言葉にエマは一瞬息を飲んだ。ルカが自分の心の琴線に触れたように感じたからだった。
「誤解しないでほしいんです。私は貴族の方々を批判するつもりはありません。階級社会はなくならないと思っています。今日、誰かが特権階級を壊したとしても、明日にはきっと新たな特権階級が生まれるでしょうから。私はただ、持っている人が持っていない人を助けることで、少しでも住みやすい世界になるんじゃないかな、そう思っているだけなんです。」
エマは、率直に心の内を打ち明けた。エマは、慈善活動を通じて偉業を成し遂げたいと思っているわけではなかった。ただ、これまで支えてくれた人への感謝と心の奥底に秘めた復讐心が、彼女を突き動かしているにすぎなかった。
「ちょっと私、語り過ぎましたね。自分のことなんてめったに他人に話さないのですが。。。なぜかルカ様ならきっと分かってくださる気がして。」エマは一瞬、言葉を探すように間を置いた。
「あ、別に分かってもらえなくてもいいんですけど。。。いや、本当は、分かってもらいたいんです。ルカ様には」と、照れくさそうに言い直した。
「おまえの言うことなら、全部受け止めてやるよ。」そう耳元でささやいたルカの声が、あまりに優しかったので、エマは泣きそうになった。
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