【短編】一見NTRされた幼馴染の少女に「よりを戻そう」と言われた男性が断っているだけだけど、背景知って科学技術史に残る事件だとわかった話

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【短編】一見NTRされた幼馴染の少女に「よりを戻そう」と言われた男性が断っているだけだけど、背景知って科学技術史に残る事件だとわかった話




「断る」

「うぅっ……!!」





 少女の頼みを、男が一蹴していた。





 その光景を、俺―――そろそろサラリーマン生活にも慣れ始めた会社員・遠長とおながじょうは、同じカフェテラスの近くの席で、配膳ロボットに差し出してもらったアイスコーヒーを飲みながら眺めていた。




「よりを戻そうと言われても、俺はもう君とは関わりたくないんだ。ごめんな、シオン」

「ねぇサトル君……もう一度チャンスを頂戴? また昔みたいに仲良くやろうよ!」

「その昔の思い出を汚したのは、君自身だろ」




 その時、俺は石黒いしぐろ浩美ひろみさん―――某重工会社の研究職に務めるエリートにして、今同じテーブルの向かいの席にいる俺の大学時代の先輩―――に久々に会って、昔話と現状話に花を咲かせていた。

 そんな中、隣の席に明らかに普通じゃない感じの少女―――人間離れしたかわいらしさの少女がテラス沿いの道路からこちらにやってきて、一人でコーヒーを飲んでいた大学生らしき男性に何やら頼みごとをしている。

 会話の内容から言って、どうやら痴情のもつれらしい。





「大体君には、あのチャラい先輩がいるじゃないかシオン。あの人と一緒になればいい」

「サトル君も知ってるでしょ……あの人は最低のクズだったのよ! だから詐欺に関わって捕まっちゃったのよ!!」

「数ヶ月付き合っておいて、彼を庇う気もないのか。俺のこともそんな風に裏切ったわけだな、シオン」

「そ、それは……」




 涙目ながらの少女の頼みを、興味もなさそうに一蹴する男性。

 少女の方の声が必死だったので、嫌でも目立ってしまうし、周囲のテラス席もなんとなく気まずい雰囲気に包まれた。 




「んー、ちょっと修羅場みたいっすね……店替えます? 先輩」

 それを察して、俺は石黒先輩に気を利かせた。

 大学の頃からクールな人だったし、今の企業に就職してからはさらに雰囲気が大人びてきた人だから、痴話げんかだけで動じたりはしないかもな、と思ったんだけれど。





 先輩の方を向いた俺は、思わず呆気にとられた。 

 向いの席に座っているはずの石黒先輩がその場にいなかったから。


 



「あ…………あ…………あ…………」





 下を見ると、絵にかいたような尻餅をついた状態で、少女と男性に目を瞠る彼女がいた。

 目をパチクリと開いて、口があんぐり開いていた。

 知らないうちにすり替わったそっくりさんかと思った。

 学生時代、数ある男子学生たちの告白を「興味ない」の一刀両断で切り捨ててきた石黒先輩が、今喉ち〇こまで丸見えな口の開け方をしている彼女とどうしても結びつかなかったから。



「こ、こんなところに……こんなところに……コンナトコロニ…………!!!」

「ちょっ……お、落ち着いてください先輩!?」



 慌てて周囲の目を気にしながら彼女を抱える俺。

 目の前の男女が石黒先輩の関係者なのかと思ったけど、あんな関係者がいるだなんて先輩の口からは聞いたことがない。



「な、何がコンナトコロニなんですか? あの娘、先輩の知り合いか何かですか?」



 俺に質問されて深呼吸し、必死で冷静さを取り戻す石黒先輩。




「…………くびすじ」

「…………?」




 その先輩がなんとかひねりだしたのが、その一言だった。

 何と答えていいかわからなかった。

 その四文字の意味を測りかねたから。



「首筋。……よく見て」



 頼み込んでいる少女―――会話から言って名前はシオン―――の方を指差してそう言っている先輩を観て、ようやく俺は意味を理解した。

 シオンの首筋をよく見た俺は、確かに違和感を覚えた。

 質感が人の肌のそれとは、微妙に違っている。




 ―――人工皮膚? 

 怪我の痕を隠そうとしているか、もしくは。




「人間じゃない……ってことですか?」


 

 理工学部の後輩として、俺は彼女の言葉の意味をそう受け取った。

 俺の言葉に、先輩はゆっくりと頷いた。




「彼女、ロボットなんだ……うちの会社が製造・販売まで請け負ってる娘。とある事情で行方不明だったんだけど、こんなところにいるなんて……」





 ⋯⋯で、会話の内容から言って。

 ロボットの幼馴染が、人間の幼馴染相手に寄りを戻そうとしてる……?





 (それ、どういう状況……?)






◆   ◆   ◆





「そもそもロボットの幼馴染ってどういうことっすか? ロボットだったら体が成長しないし一緒に歳を重ねていけないような……」

「幼馴染っていうのはだよ」




 あ、そういうことか。




「ボディはそのままで、起動シーケンスの一行目、つまり最初期設定に、【主要ユーザーの幼馴染として、指示通りに動く】って設定してあるんだ。メモリに写真とかの主要ユーザーの昔の思い出をダウンロードすることで、思い出を共有して、あたかも昔からこういう幼馴染がいたって風にカスタマイズできる」

「なるほど、アニメとかラノベでよくある幼馴染のヒロイン属性をロボットに付与させて、ユーザーに昔いた幼馴染、っていう仮初の役どころを担わせたってわけですか」

「前から【メイド】とか、【巫女】とか、オタク的属性を付与した、えーと、お手伝いロボットが好評だったからな……思い切って製造してみたのがあの娘だった」




 【お手伝いロボット】、というフレーズを口にした時だけ、石黒先輩の顔は白々しくなっていた。

 ここで言っているお手伝いロボット、っていうのは、文字通りの意味ではない。

 口うるさい団体からのクレーム対策上そう呼称しているだけで、実際のところは独身男性が孤独を埋め合わせるための恋人ロボット、というのは前にZOOMで会った時の石黒先輩の話だ。




「半年くらい前に、モニターの彼が我が社に送ってくれたのが、この映像」




『サトル君、小学校の修学旅行の頃、美人のバスガイドさんに顔真っ赤にしてたよね?』

うーん、昔のことすぎて(白々しい演技)よく覚えてないなー……』

『実は私あの時、ちょっと嫉妬しちゃってたんだ』

『そうだったね。でも今は、世界で一番キミが美人だと思ってるよ♪』

『フフッ……サトル君優しいんだね♪』



 ダウンロードされた偽の記憶を基にして、THE・幼馴染ヒロインルートみたいな会話をソファに座って交わす男女。

 二人とも、間違いなく目の前のテラス席で言い争っている男女と同一人物(?)だが、目の前の彼らとは真逆で、動画の二人は甘々イチャイチャカップルだった。

 この半年間で何があったというのだろう……

 




「それで我々、あのユーザーにプロジェクトを手伝ってもらうと同時に、あの娘を使ってあるプロジェクトを私主導で進めてたんだ……そう、学習を通して自我を持たせるって言う」

「それって、いわゆる自律学習AIってことですか」

「まあ、そんなとこ」




 自律学習AIに関しては俺も聞いたことがある。

 主要ユーザーとの生活、あるいは周囲の環境を確率的推論によって徐々に学習していくことで、プログラム通りの受け答えだけではなく、ユーザーとの関係と共に成長していくAIのことだ。




「主要ユーザーの彼と幼馴染兼パートナーとしての関係を深めて、徐々に、あくまで徐々に自我を芽生えさせていって、ゆくゆくはプログラムを越えた、ただロボットなだけの、ユーザーだけの幼馴染にさせていく⋯⋯そんなプランだったんだ」




 なるほど、大学時代からロボットに色々な可能性を見出してた、石黒先輩らしいプロジェクトだ。




「まだ試作段階だったからってあのユーザーには、プロジェクトのモニターにも兼ねてもらって、定期的にああいう動画をメール越しに送ってもらってたんだけど……」

「だけど、何ですか?」

「……数ヶ月前に、突然行方不明になったんだ」





 行ってる本人も、まだ状況を受け止めきれていない、そんな表情をしていた。





「失踪から一週間ほどして、あのユーザーが本社受付に送った、この世の終わりみたいな文言のメールに添付されてた動画がこれだ」

 スマホから動画ファイルを開いて俺に見せる先輩。





『ウェーイ!!! オタク君、見てる~~??? 今キミの幼馴染の彼女、俺の隣で寝てまーす!!!』

『ごめんね……サトル君……でも西城センパイ、すごくイイんだ……♡』

『だってさァ!!! これからは毎日抱いてやっからなァ、シオン!!! ギャハハハハハハハハハ!!!!』

『ワァ♡ センパァイ、ステキですゥ♡』

 心から惚れこんだような、艶めかしい声音でそんなことを喋るシオン。

 しかし台詞の対象はさっきの動画の男性ではなく。

 Tシャツが体のタトゥーを隠しきれてない、いかにも女を沢山侍らせてそうな男だった。






「……え? ……先輩、これって……」





 『ついにロボットも夜のお供になってくれる時代か』とか、『ついに間男もロボットを誘う時代か』とか、この動画の前ではそんなことは些細な問題でしかなかった。






【主要ユーザーのことは裏切らない】というOSに焼きつけられた初期設定上、恋人ロボットが「ごめんね」などという発言をしながら別の男に惚れる、なんてことはありえないはず。





 何がいいたいかと言うと、つまり。

 目の前で泣きながら何かを訴えかけてるあの娘。







ってことっすか……?」

「うん⋯⋯アルゴリズムの進化とか、汎用人工知能への成長とかじゃなくて、ただただで自我が芽生えたんだ、彼女……」






 だとすると。

 一見痴話喧嘩でしかない目の前の男女の会話は。





「単なる痴情のもつれどころか、科学技術史に残るワンシーンじゃないっすか……!!!」

「ああ、ただただ最先端の科学技術とかじゃなくて、原始的な、ただただ原始的な欲求が、ロボットを技術的特異点の向こう側へと導いたってわけ……そう、導いたってわけよ……」





 まあある意味生物の根源的欲求だし分かるけど……となんだか言いようのない無念そうな、情けなさそうな表情で男女を見る石黒先輩。

 確かに、こんな形でAIがシンギュラリティを起こしたなんて、公にどう発表すればいいんだろう。






「⋯⋯その後、彼女の行方は」

「それっきりだった。すぐに捜索と回収に向かわせたけど、あの男流れ者だったみたいでさ。盗難事件だから警察の協力であの動画の撮られた場所に向かわせたけどもぬけの殻。GPS受信機とか、SLAM地図兼位置同時推定センサーとか、まあシオンの居場所を特定する色んな機能が丸ごと取り外されて転がってるだけだった。燃料電池式だから電池切れでシャットダウンなんてことも起きない娘だし、こっちとしては半ばお手上げ状態だった」

「⋯⋯あれ、でもこの間男、ちょっと前にニュースで見たような⋯⋯」

「犯罪者だよ。特殊詐欺のメンバーだったから数日前に逮捕された。今は拘置所にいて隔離状態だから、シオンもその時彼とは引き離されたはずだ」

「じゃあ、今の彼女が元彼の方に近寄ってるのは……」

「うん、さっきの今で脳味噌フル回転させて考えたんだけど、数日前彼女は自分の自我を目覚めさせた新たな主人から引き離されたわけだからな……主人がいなければ自我を保てないし、ロボットとしてバグを起こしかねない。そんな状況下で、ほぼ残り粕でしかなかった元々のプログラムにすがりついた結果、主要ユーザーに今ああやってヨリを戻そうって頼み込んでるんだと思う」



 


 なるほど、彼女の行動はそれで説明がつく。





 ただ、思ったのは彼女の頼みを断っているサトルという名の彼のことだ。

 俺はAIに特に愛着とかないから、仮に同じような状況になったら廃棄して新しい別の恋人ロボットを購入するけど。

 目の前の彼はと言うと。




「ともかくさ、もう金輪際、君と関わる気は一切ないんだ。わかったら帰ってくれ」

「でも……でもぉ…………」

「でもでもって子供かよ! 君も俺と同じ成人なら、やったことのけじめくらい自分でつけろよな!」




……




「……元の愛情強す(成人……?)ぎて、裏返った憎しみが人間へのそれになってないですか……?」

「……うん、どうやら彼女の存在は、黒歴史の一ページに封じた方がよさそうだな。我々にとっても、彼にとっても、彼女自身にとっても」

 そう言うと立ちあがって、有無を言わさずとばかりにシオンの背後へと歩み寄る先輩。






「一生のお願い……サトル君、また私とよりをもど―――」






ピ。





「―――――――――――――――――――――――――――」






 キュウウウウゥゥゥゥゥン…………






 背後に詰め寄った先輩によって押される、後頭部の極小ボタン。

 ほどなくしてシオンの瞳からも、体からも生気が失われていく。

 自我を持って以来、ようやくというかなんというか、非常時用のボタンによって彼女は強制シャットダウンされた。




「あの、天野あまの様、覚えてらっしゃいますか? シオンこの娘の販売の時居合わせた石黒です」

「え? ……あー、お久しぶりです!!」

「この達はうちの商品のロボットが大変なご迷惑をかけれ誠に申し訳ございませんでした。弁償いたしますので、今回の件はどうかご内密に……」

「ああ、その件なら、特にそちらの会社に怒ってるわけじゃないんです。つらい経験ではあったけど、今回の別れが、俺を新たな出会いに導いてくれましたから……あっ」




 噂をすればとばかりに、柔和な雰囲気の女性が入店して、男性―――天野さんの席に近寄ってきた。




「あっこっちです! 須崎先輩!!」

「遅れてごめんなさい、さとる君」

「いやいや、こっちも今来たとこっす! さっさっ、行きましょう、人気の映画だから満席になっちゃいますよ!」

「フフッ、あなたのその小動物みたいな感じ、いつ見てもかわいいわ」

「ちょっと、からかわないでくださいよー!」




 それだけ言うと、会計を済ませて去っていく二人。

 二人は固く手を握り合って肩を寄せ合っており、確かに新しい、二人だけの愛がそこに芽生えていた。




「あのお姉さんみたいな人もユーザーの先輩、みたいな設定のロボットですか?」

 シオンの回収のためにタクシーに電話し終えた先輩に、俺はそう聞いてみた。

 素人目にはロボットか人間か判断がつかない。





「いや、人間」

「…………………………やっぱり彼は彼ですごいですね…………………………」






◆   一年後   ◆






「ハァッ……ハァッ……何だよあいつ……何なんだよ……!!」





 わけがわからなかった。

 ただその時俺―――遠長丈は、命惜しさに必死に走っていた。





 いつも通り仕事を終えて街を歩いていたところ、いきなりグラサンをかけた筋肉質の男に、ただサラリーマンとして仕事をしていたはずの俺は襲われていたのだ。

 男は俺を視認するや否や、持っていたショットガンで発砲してきた。

 本能的な死の気配に、俺は周囲の人々の悲鳴にも構わずに一目散に逃げだしていた。

 



 大道路に飛び出して遮蔽物も無くなり、筋肉質の男も銃を構えて万事休すと思ったその時。

 



「乗って、遠長丈!」

 とっさに間を遮ったパトカーで銃撃から庇ってくれたのは、どう見ても警官ではない現代離れした服装を身にまとった、俺と同年代くらいの女性だった。




「お願い、私と一緒に呪いの女神を止めて!」

 おそらく盗んだのであろうパトカーで筋肉質の男から逃走する間、なぜか俺の名前を知っている初対面の女性は俺にそんな頼みごとをしてきた。




「……って言われても、何が何だか……」

 状況を全く呑み込めずおろおろするしかない俺に、女性はわかった、一から説明する、と言ってきた。




「私は45年後の未来から来た、生き残った人類が結成したレジスタンスのメンバー、サラ。貴方はレジスタンスを率いるリーダーの父親になる人。あの男の正体は未来からこの時代にタイムスリップして、命を狙いに来たロボットなの。父親のあなたごと、レジスタンスのリーダーを抹消するためにね」

「み、未来……!?」

「未来から来た私とあなたがなんとかしなければ、十年後あるAIが暴走して、人類の文明を蹂躙するの。お願い、呪いの女神の暴走を……ロボット軍のリーダーにして人間たちを憎むロボット・【シオン】の暴走を止めて!」







 ……






 ………………………………デデンデンデデン、デデンデンデデン……







 NTRで人類滅亡してる……

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