餅田丸夫が体験した恐怖の8月31日(4)

「もうそろそろ飽きたでやんすね」小野君は机に突っ伏していた。


「これって今日で何回目の8月31日なんだろう。毎日げりぴーはもう嫌だなぁ」僕はぱりぱりとポテチを食べながら言う。


「今日で25回目の8月31日になるね」律儀にカウントしていた花村君はそう言う。本当かどうかは定かではないけど。


「いい加減にこの8月31日を終わらせるでやんすよ」


 小野君は起きて腕をブンブンと回した。


「終わらせるって、どうやって終わらせるの?」


「よくわかんないでやんすねぇ」小野君は椅子を傾けてユラユラさせた。


「『ものがたりは特別な何かに終止符を打つことで幕を閉じる』」


 花村君はストーリーテラー風に言ってみせた。


「それでやんす!」


 小野君は花村君に指をさして言った。


「どういうこと?」僕は温いコーラを飲み干して聞く。


「オイラたちはまだ何にも終わらせてないでやんすよ」


「あ、それって」


「そうでやんす。つまり夏休みの宿題を終わらせていないでやんす!」


 小野君はそう言い、僕たち三人は見合わせるとうなだれた。


「やりたくないなぁ。もう何度も8月31日を繰り返して、すっかり面倒になっちゃった」


「僕なんて今日何にも宿題を持ってきてないよ」花村君は全くやる気がなかった。


「ニシシ。ここでオイラの出番でやんすね」


「出番?」


「オイラはこの8月31日、ムセイサンに過ごしたわけではないでやんす。同級生の情報をたっくさん仕入れていたでやんす」


「その同級生の情報がどう活きてくるのさ。宿題と全く関係ないよ」


「チッチッチッ。甘いでやんすね。その情報にはとっても恥ずかしいものもあるんでやんす。つまり、その情報を同級生にチラつかせて宿題代行をさせるでやんすよ」


 小野君は歯を剥き出しにしてニシシと笑う。小野君はとても下劣で醜悪な奴だと思ったがとても頼りになるなとも思った。


「さあオイラについてくるでやんす」


 僕と花村君は闇の情報屋に誘われるように小野君についていった。


 小野君は優等生のタカザト君の家に行き、高里君が同じクラスである道子ちゃんの跡をつけまわしていることを言いふらすとヤクザのように揺すった。高里君は青ざめた顔をしたので本当だったのだろう。彼は仕方なく僕たち三人分の宿題を一日(それも夕方まで)で完成させる任務を引き受けた。僕らはその間冷房が効いた図書館でこれまで過ごしてきた8月31日についてコーラを飲みながら談笑した。


 高里君はとても有能だった。しっかりと夕方ぐらいまでに宿題をすませて、ご丁寧にも僕たちそれぞれの筆跡を真似て仕上げてくれた。宿題を渡すとき「絶対に誰にも言わないでくれよな」と小野君に耳打ちしていたが、小野君はニシシと不気味な笑いをしただけで何も言わなかった。きっと高里君は小野君に今後も良いように使われるのだろう。僕は小野君を敵に回すと面倒だなとぼんやり思いながら手に抱えた残りのポテチを食べきった。


「じゃあまた明日。9月1日に」僕たちはそう言い合って、いつもの見慣れた夕飯を口にしてぐっすりと眠りについた。

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